第4話 あの世の管理者
えー、僕はただいま、白い毛むくじゃらになって奇妙な街を歩いている最中です。ドラゴンによると、そのままの格好じゃオバケたちに気づかれて死ぬので、一時的でいいからオバケのふりをしておけとのことです。はい。
それにしてもこの毛皮、ものすごく重い。
「いいな、ここは死後の世界の中で最も栄えている街、ヤシブだ。自分はヤシブに住んでいるオバケだと思え。オバケが話しかけてきたら俺が何とかする」
ついさっきこんなことを言われたからにはオバケになる以外ありえない。だから僕はひたすら黙ってドラゴンの後ろを歩いている。
ヤシブ。聞いたことがあるような響きだが気にするだけ無駄だろう。しかしこの街、薄暗くなってきた頃に暖色の明かりがまあよく映える。中心部にはとびぬけて高いビルがそびえていて、それを取り囲むようにこぢんまりとした家が立ち並んでいる。家と言っても、瓦屋根に石垣が備わっている和風の家から、壁が白く塗られ窓も小さい外国風の家、ワラで出来た家まであった。もう少し探せばお菓子の家だって見つかるだろう。
食べ物屋(何を食べるのかは知らないが)や雑貨屋も当たり前のようにあるし、昔懐かしい駄菓子屋まであるのはさすがに感心する。
遠くに目を移せば、観覧車らしきものも見つかる。
つまりだ。ここは何でもある。少なくとも人間である僕が普通に生活できるくらいには。
だが、住んでいるのはオバケだ。もっと正確に言うと、オバケという名のバケモノかもしれない。
普通オバケと言われたら長い黒髪の女の人を想像する。でもそんなオバケここにはいない。
まずドラゴン。こいつがいい例だ。見た目は全くオバケじゃない。龍をかぶっているものでさすがに街中で歩いていたら二度見するが、百歩譲って常識の範囲内ではある。
そして、ドラゴンに話しかけてくるオバケたち。
「キャアッ!!! ドラゴン様よー! こんなの滅多にお目にかかれないわ! みんな撮影タイムよぉ!! 」
「えマジ? ドラゴン様ってほんとにいたんだ……」
「てか後ろの白い塊誰? ちょー不潔って感じなんだけど」
「それな? ドラゴン様に何する気? 」
ドラゴン人気すぎるだろ。みなさん辛口すぎるだろ。「白い毛むくじゃらかわいい」とか言ってくれないんですか?
まあ人間だと勘づかれるよりは全然ましだ。ドラゴンのまわりに女性らしきオバケがわんさかいるが、大きなカエルのオバケ、ライオンのオバケ、カブトムシのオバケなど、それはもうたくさん。みんな思っていたよりも殺意に満ちあふれていなくて安心した。
「すまないな。今は取り込み中だ。また今度会えたらゆっくり話したい」
そしてドラゴンは対応に慣れている。この男、もしかしなくても、
モテる。
「それは分かりましたけど後ろの不潔なヤツは何なんですかー! 」
「ん? あ、ああ、友達だ」
あまりにもぎこちない言い方だったが、ドラゴンファンの皆様は大歓喜である。いつもはクール系のドラゴンが調子を崩すのがポイント高いんだろう。
悔しいけど、分からなくもない。
「今日は友達と久しぶりに話すつもりでな。失礼するぞ」
わずかに細めた目元にキュンキュンするオバケに軽く礼をして、そそくさとその場を後にした。
「ドラゴンさんいつも相手してるんすか」
少し引き気味にきいてみる。死んでからも苦労しなければいけないなんて聞いてない。
「いや、そもそも俺はあまり街におりないな。大体はあのビルで仕事だ」
ドラゴンはさっき見たとんでもなく高いビルを指差して言った。近くで見ると迫力が増す。
「ああ、あそこって」
「そう! 俺の家兼仕事場だ。お前にはしばらくあそこで寝泊まりしてもらうことにする」
ん??
「あそこってドラゴンさん一人だけなんですか」
「いや、この世界の管理者たちが3人いる。でも食われる心配はしなくていい。あいつらは衝動に任せて命を食らうやつらじゃない。それに、その毛むくじゃらなら人間だと思わないだろう」
「いやいやいや……」
無理がある。管理者? 内閣みたいなものか? それじゃあ実力のあるオバケってことだよな? 襲われたら一巻の終わりでは?
「そんな一巻の終わりみたいな顔をするな」
何で僕の心情をずれもなく言い当てられるんだよ。何で食われないっていう絶対的な自信があるんだよ。わけわかんねえよ。
「お前が思っていることは多分杞憂だぞ。なにせ俺も管理者の一人だからな」
んん??
「え、え、それって、そのままの意味で?」
ドラゴンは相変わらず涼しい顔で言う。
「そうだが」
マジですか?!?!
この世界のカギを握る超重要人物じゃないですか?! 大事なことをしれっと言うのやめてもらっていいですかね?!
「っちょちょちょ、もうちょっと早く言ってくれませんか?! 」
「いや、言うタイミングがなかったもんでな。いつかは言おうと思っていたが」
「だからあんな人気だったんですね? 」
ファンへのあの対応。きれいな瞳。そして管理者という。ドラゴン、あんたがモテる理由はよーく分かった。
非常に憎い存在だが、それと同時に頼れる存在でもある。ドラゴンみたいなオバケが3人。毎日がデスゲームになるがここまで来たんだ。やるしかない。
「僕、ドラゴンさんを信じますからね。食われたら何らかの方法でつぐなってください」
「もちろんだ。先に言っておくが、俺は結構強い」
それは承知済みなんだよな。管理者って言うくらいだし。
「おそらく、管理者の中で二番目くらいに強い」
やめろよ。こっち見んなって。地味にどや顔するのやめろって。
「はい……」
「だから、万が一何かあったら俺が襲った奴を叩き潰す。これでいいか?」
「もういいです……はい……」
「いいって事だな」
もう何だよこいつ、クール系なのかポンコツなのか分かんなくなってきたぞ。せめてどちらかに統一してくれ頼む。
「よし。そうと決まったからには早速ビルに向かうぞ」
「よ、よろしくお願いします……」
向かうと言っても、もうビルはすぐそこだ。ああ、サバイバル生活が始まってしまう。恐ろしい。
「すみませーん、そこの毛むくじゃらさーん」
と、身体がこわばっていたところに場違いな声が響いた。
「毛むくじゃらさーん、わたしの声聞こえますかー? 」
声の方向を見てみると、レンガが敷かれた道を走ってくる人の姿があった。
……人?
「あなたに会いたかったの! ずっとずっと待ってたの! 」
待ってた? 僕は君とはあったことなんて、
「返事をするな」
僕の思考をドラゴンがさえぎる。気づけば、ドラゴンは人を見つめて警戒態勢に入っていた。
「……」
「わたしのこと覚えてる? お兄ちゃん! 」
低いうなり声が聞こえる。
ドラゴンだ。
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