第6話:ケモ耳少女

 魔導書を片手に、死体の上に手をかざし、体内を循環する魔力を放出させる。


 魔力は物質を構成する存在の根源的要素だ。僕ら魔術師は、肉体を構成する魔力の余剰分を、体内で循環、蓄積する術を学び、術式を介して出力することで望む現象を引き起こす。


 まずはエンバーミング。魔導書から術式を引き出し、少女の身体に残された傷跡を修復していく。背中に三か所、胸に一か所。囲まれて刺殺されたようだ。


 術式を介した魔力を操り、傷を縫い合わせるように死体に通していく。彼女の肉体を構築する魔力がそれにつられ、生前の状態を再現していく。いかんせん大きな傷だから、どうしても傷跡が残ってしまうが、致し方ない。


 しかし獣人の身体を見るのは初めてだけど、肉体の魔力構築密度がかなり高い。


 戦士たちのような前衛職は、魔術師とは逆に、肉体の構築密度を上げることで力を引き出す。つまり彼女は、優秀な前衛としての能力を持っているということだ。


 これで傷は修復できた。次は、アニメイト・リビングデッド。


 死体に術式を走らせると、肉体と魂をつなぐえにしが見えてくる。彼女の霊魂は……いた、まだすぐそばにいる。肉体との繋がりもかなり太い。相当強い未練を残している証拠だ。このまま放っておいたら、魂が周囲の魔力を取り込んで、亡霊と化してしまう可能性もある。


 魔力を流し込み、術式を展開する。彼女の魂を引き寄せ、肉体へ導く。おいで、君の身体はここだよ。


 やがて、引き寄せられた魂が肉体に入り込む。その途端。


「ポラッカ!!」


 目を見開いた獣人少女が叫びながら飛び起き、落ち着きなく周囲を見回す。だがすぐに、胸を押さえてうずくまった。傷のあった辺りだ。肩が震え、しっぽが丸まり、頭の耳がぺたりと伏せられている。


「落ち着いて。その痛みは最期の記憶が作った、ただの幻だよ」


「な、にが……アタシ、いったい……」


 ゾンビになってすぐは、状況が呑み込めないものだ。彼女の時間は、死んだそのときで止まっている。


「君はゴブリンに殺されたんだ、覚えてる?」


「ゴブリン……そうだ、憶えてる。胸を刺されて、それで。お前が蘇生してくれたのか?」


「残念だけど、そうじゃない。君は死んでる。死んだ肉体に、魂を繋ぎ止めているだけだ。つまり君は、ゾンビになったんだ」


「は……ゾンビ? アタシが……?」


 獣人少女は怪訝そうに自分の両手を眺めているが、それでわかるようなものでもない。代わりに、彼女の肩をつねってみる。


「どう?」


「……痛く、ない。触られてるのはわかるのに。本当にゾンビなのか、アタシ」


 エンバーミングをかけるときに、痛覚に対して大幅に鈍くしたのだ。それにしても彼女は、意外と落ち着いている。自分が死人になったって自覚して、取り乱す人も多いと聞くのに。


「お前、死霊術師か。なんのつもりだ、なんでアタシをゾンビなんかに」


 敵意の籠った視線を向けられる。心外だな。僕の隣に、ウリエラがそっと膝をついた。


「あ、あの、あなたが殺されて、もしかして、なにか未練があるんじゃないかって、聞こうと思っただけなんです」


「別に、操ってなにかさたりするつもりなんてないよ。気に食わないなら、すぐに魔術を解いて、ただの死体に戻すから」


「未練? 未練なんて、そんなの……」


 獣人少女が、しっぽと耳をぴんと立てて目を見開く。


「ポラッカ、ポラッカはどこだ!?」


「ポラッカ?」


「アタシの妹だ! アタシ以外に、ルーパスの奴隷は……!?」


 僕もウリエラも、首を横に振るしかない。獣人(と、僕らは一括りに呼んでいるが、ルーパスというのが彼女たちの名称らしい)は、他に誰もいない。


「十二、三歳の女の子か?」


 傍らで話を聞いていた戦士が、苦々しい顔で尋ねる。


「そう、そうだ! どこにいる!?」


 ルーパスの少女は戦士に掴みかかろうとしたが、足をもつれさせて立ち上がれず、地面に倒れこんでしまう。慌ててウリエラが助け起こすと、少女は今にも噛みつきそうな視線を戦士に向けて唸り声をあげる。


 けれど、まあ、予想はしていたが、戦士の言葉は非情なものだった。


「すまん、ゴブリンたちに連れ去られた。追いかける余裕もなくてな」


「そんな……ああ、いや、そうだ! アタシはゴブリンにつかまったポラッカを追いかけようとして、それで……」


 ゴブリンに囲まれ、殺されてしまったわけか。


 するとルーパスの少女は、支えていたウリエラの手を払い、膝を震わせながら立ち上がった。すごいな。ゾンビとして覚醒して、すぐに動けるなんて。


「どうするつもり?」


「決まってる。ポラッカを、助けに行く」


 そりゃ、やっぱりそうなるか。


「うーん……どうする、ウリエラ?」


「え、えっと……協力してあげても、いいんじゃないでしょうか」


「そうだね、僕もそう思ってた。というわけで、僕らも一緒に行くよ」


 立ち上がる僕とウリエラを、ルーパスの少女は警戒心も露わに睨んでくる。


「なにを企んでるんだ。アタシには、人間の助けなんて必要ない」


「企んでないって。どうせ僕らも第6階層に用があったから、パーティとして行動した方が安全でしょ? あとは、そうじゃないと僕も、君を仲間だと認識し続けるのが難しいし……」


「仲間? アタシはお前の仲間になんか、なった覚えはないぞ」


「君を覚醒させた魔術は、死体を僕の仲間にすることで、ゾンビやスケルトン……リビングデッドとして起き上がらせるんだ。いまは僕が勝手にそう認識してるだけなんだけれど、会ったばかりの相手を離れてても仲間だと思い続けられないから」


「じゃ、じゃあお前がアタシを仲間だと思わなければ」


「君はただの死体に戻る」


 少女は苦虫を噛み潰したような表情で黙り込む。ついでに、ずっと傍で話を聞いている戦士も、すごい眼で僕を見ていた。仕方ないだろ、そういう魔術なんだから。


「僕らは第6階層に行くのに、頼りになる前衛が欲しかった。君は妹を見つけ出したい。利害は一致してると思うんだけど、どうかな。もちろん君の妹が見つかったあとどうするかは、君に任せるよ。協力してくれたら嬉しいけど、無理強いはしない」


 少女が苦悶の唸りを上げる。やがて息を吐き、ゆるゆると頭を振った。


「ポラッカを助ける、それまでの間だけだ」


「わかった、じゃあとりあえずはそういうことで」


 僕が手を差し出しても、彼女はむっつりと口をつぐみ、顔を背けてしまう。


「せめて名前くらい、教えてくれないかな。僕はマイロ、彼女はウリエラ。君と同じゾンビだよ」


「よ、よろしくお願いします!」


 少女は(あとついでに戦士も)ぎょっとしてウリエラを見つめ、それからしぶしぶと口を開く。


「マズルカ。アタシはマズルカ、ルーパスの戦士……だった」


「うん、よろしくねマズルカ」


 こうして僕らは、臨時パーティとして第6階層へ潜っていく。うーん、のんびりダンジョン生活、いつから始められるかなあ。

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