あれれ~? おかしいなぁ
『お、ここ〇だな』
『……×、……×、……〇』
『んー、ココは△かなぁ』
あの後すぐに筒城先輩の捜索に行ってしまったニコ先輩、引き継いだリストは私が持っている。一人残されてからも私はリストにチェックを付ける仕事を続けていたからだ。
しかし今、私の手の中にあるリストはチェック箇所が引き継ぐ前のままだ。つまりこれは
あの日、紺屋課長はすぐに部屋を出ていった。
私の目の前でダンジョンに潜る準備をしていたニコ先輩が、リストをコピーしていたかどうかは覚えていない。筒城先輩が行方不明になった上に、捜索の任務からも外されたことで、二重にショックを受けていた私に周囲を気にする余裕などなかった。
いや、ここに至っては私の記憶などさして問題ではない。
ニコ先輩が出ていった後すぐ、私はリストを更新している。
紺屋課長が部屋に入ってきてからニコ先輩が部屋を出るまで、他に誰ひとり入室した人がいないのだから、リストをコピーして持ち出せたのはニコ先輩以外にいない。
よく見ると紙の左下隅にスマイリーフェイス、いわゆるニコちゃんマークが書いてある。ニコ先輩が書き足してからコピーしたのだろうか。なんというか、とても先輩らしい。
周囲から音が消えて、心臓の音だけが頭に響く。
今日、ニコ先輩がたまたまリストを持ってきていて、それを落としたとは考えられないだろうか。
棚には脚が付いていて底面と地面の間にはすき間がある。紙切れ一枚どころか、十枚くらい入りそうだ。
被っていた
「コトリちゃーん」
「……ッ! は、はい!」
背後から届いたニコ先輩の声に、私は思わず紙を握りつぶしていた。声は裏返っていなかっただろうか。
「どうしたのぉ? 何かあったぁ?」
紙を握った手を背に回して後方を向く。
小首を傾げながら近づいてくるニコ先輩を見て、私の背筋に冷たいモノが走った。
いつもと変わらない先輩の笑顔が、急に恐ろしいもののように見えた。
『ニコ先輩がたまたまリストを持ってきていて、それを落とした』というストーリーは、私がそうであって欲しいと思っているだけ、そう思いたいが故に作った代物だ。
目の前にいる女性が犯人の一味である可能性を否定できる材料ではない、と理性が強く訴えかけてくる。
笑顔を張り付けたまま近づいてくるニコ先輩に、思わず後ずさりしてしまう。
どうする。どうする。どうする。どうする。
次のアクションを問う言葉だけが、私の頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
「何これ?」
ニコ先輩の声が、なぜか背後から聞こえた。
「……え?」
さっきまで私の目の前にいたハズだ。
混乱していたとはいえ、ずっと彼女の姿は視界に捉えていた。そのハズだったのに、いつの間に視界から消えていた。
声のした方を振り返ると、私が手に持っていたハズの紙をニコ先輩が天井に向かって広げているところだった。
「なぁんだ。あたし達がチェック付けてたダンジョンのリストじゃん」
驚くでも、焦るでもなく、平然と紙を広げているニコ先輩の反応に、私の頭は再び混乱することとなった。
先輩の反応が、犯人の一味とは思えなかったからだ。
もちろん演技という可能性はある。しかし彼女の声には、驚きや警戒の色が全くない。むしろ安堵の色が濃いように思えた。
ニコ先輩はシロだ、そう思ったのも束の間、
「あれれ~? おかしいなぁ」
その声に疑惑の色が付いていくのを感じた。
「なぁんでコトリちゃんが、この紙を持ってるのかな? これはねぇ、あたしがコピーしてみんなに配ったの。ほら、ちゃんとあたしのマークも入ってる」
そう言って、ニコ先輩はスマイリーフェイスを指差した。
やっぱり先輩が書いたんだ、と思うと同時に私は自分の迂闊さを噛みしめる。
コピーしたのがニコ先輩だからといって、彼女だけがこの紙を持っているとは限らない。もちろん落としたのも。
「みんなっていうのは、もちろんダンジョン犯罪対策課のみんな。……でもねぇ、このみんなに、コトリちゃんは入ってないの。だってコトリちゃんは、
言葉が重ねられるにつれて、ニコ先輩の声から色が失われていく。
私は今、ニコ先輩から疑われている。
「これはさっき、棚の下から出てきたんです」
私にできることは、真実を伝えることだけだ。
この紙を持っているからといって、犯人の証拠に直結するわけではない。
ニコ先輩もそれは
「なぁるほどぉ。じゃあさ、じゃあさ、この紙隠したのはなぁんで?」
「そ、それは……、ニコ先輩が……」
私は思わず口ごもってしまった。
ただ正直に言えばいいだけなのに、「ニコ先輩が犯人の一味かと思ったから」と口にするのはどうにも
「あたしが、なぁに?」
一歩。ニコ先輩が距離を詰める。
困った。圧が強い。笑顔が怖い。
でも、ここで心を折られるわけにはいかない。
ちゃんと伝えれば、きっとニコ先輩は
「私、ニコ先輩のことを――」
「おい、
私の言葉を遮って、ゆっくりと丁寧な、まるで学校の先生のような男の声が部屋に響いた。
私は弾かれるように飛びさすり、男の姿を正面に捉えた。
――似ている。喋り方も、体格も。何より立ち姿が。
「あっ、
「ああ、そうだったな。だがまあ、別にもういいだろう」
網場が懐から銃のようなものを取り出した。
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