見覚えのある紙


 私たちは紺屋こうや課長の指示で、二手に分かれて捜索をはじめた。

 課長はここよりさらに奥を、私とニコ先輩は筒城つつき先輩を見つけた部屋の近くを。目を皿のようにして手掛かりを探す。


 私とペアで探すよう指示を受けたときは、「三人バラバラの方が効率良くないですかぁ?」と首を傾げていたニコ先輩だったが、


「油断大敵ですよ。海里かいりくんをあんな目に遭わせたテロリストが、まだこのあたりに潜んでいる可能性だってあるんですから。そもそもニコさんはコトリさんの教育係でしょう? まだ彼女は捜索のイロハも知らないんですから、しっかり教育してくださいね」


 紺屋課長の言葉に「そうだったぁ!」と顔を輝かせ、今はニッコニコの笑顔で先輩風を吹かせていらっしゃる。


「じゃあ、コトリちゃんはそこが終わったら奥の棚を調べてねぇ」

「はい。――でもこの棚、何にも無いですよ?」


 私たちが捜索しているのは、おそらく犯人たちがアジトとして使用していたであろう部屋だ。


 見渡して最初に頭に浮かんだのは『もぬけの殻』という言葉だった。


 机、いす、棚といった家具はあるものの、そこには一切のモノが置かれていない。

 こんなところから、本当に手掛かりなんて見つかるのだろうか。


「ほぉんと。ものの見事にすっからかんだよねぇ」

「犯人たちは、この場所を放棄したってことでしょうか?」

「救難用の発信機なんか使われたら、あたしでも放棄するよぉ」


 筒城先輩の居場所を知らせた発信機はとてつもなく強力な電波を発するそうだ。

 スマートフォンをはじめとする電子機器に影響を及ぼすほどの電波。近くにいた犯人たちが気づかないハズがない、とニコ先輩は言う。


 場所が知られてしまっては、アジトはその存在意義を失う。

 きっと発信機の作動を知ってすぐに撤退を決めたのだろう。

 部屋の様子も、慌てて逃げた後というより、忘れ物のないよう入念にチェックした上で引き払った後に見える。


「そりゃ、犯人も残ってない……か」


 犯人たちと遭遇しなかったことに、私は少しホッとしていた。

 そしてガッカリもしていた。


 私が今この場にいるのは、私の力が認められたからじゃない。

 それくらいの自覚はある。


 青海海底ダンジョンの件があって、目の届くところに置いておいた方が良いと判断されただけだ。あとは、単純に人手不足だからというのもあると思うけど――あ。


「そう言えば……、ニコ先輩」

「ん? どうしたのぉ?」

「まだ『犯罪対策課の全戦力』が揃ってないみたいなんですけど――」


 言い終わらないうちに、ニコ先輩が両手で机を叩いた。

 ニッコニコの笑顔が引きつっている。


「気づいた? コトリちゃんも気づいちゃったぁ? あの二人、こ・れ・か・ら・合流するんだってぇ! 遅くなぁい? 遅すぎなぁい?」


 まだ私が会ったことのない二人の先輩、名前はたしか網場あばさんと帆立ほたてさん。すでに筒城先輩の救出は終わっているが、この放棄されたアジトの捜索を手伝いにくるそうだ。


「……そうですね」


 遅いっちゃ遅いけど、ここに辿り着くまでモンスターは全て危険ダンジョン消滅課の人たちが倒してくれて、私たちの仕事はなかったわけだし……。むしろグッドタイミングなのではないかと思ったけど、それを口にしたらニコ先輩の機嫌がもっと悪くなりそうだから止めておいた。


「あいつらがノコノコやって来たらぁ、コトリちゃんも文句言っていいんだからね」

「……はい」


 面識もない先輩との初対面で、文句なんか言えるハズがない。

 などという言葉もノドの奥に飲み込んで、私は棚を隅から隅まで触る。


 ニコ先輩から教わったとおり、何も置かれていない棚を上から下まで確認し、隠された仕掛けがないか棚板を引っ張ったり、背板をノックしてみる。特に異常はない。


 最後に棚を掴んでゆっくり左斜めに傾けていく。

 棚と壁の間を調べるためだ。


 棚の重量が左腕にかかる。

 予想していたよりずいぶんと重くて、左腕がフルフルと震えた。

 一人でやるべきではなかった、と今さらの後悔。


 反対側を持ってもらおうと、私は首を捻ってニコ先輩を探した。

 その瞬間、棚を支えていた左腕がズルッと滑った。

 手の中から棚がするりと逃げていく。


 重力に引かれ、前のめりに倒れていく棚。

 思わず口からこぼれたのは「あっ」という声。


 まさに、あっという間に棚は地面と激突した。

 ニコ先輩が机を叩いたときとは比べ物にならないほど大きな音が部屋に響く。


「ぎゃああああっ!! なになに!?」 


 音に驚いて飛び上がったニコ先輩が悲鳴を上げる。

 きょろきょろと辺りを見回すと、音の正体が地面に伏していることに気づいて大きくため息をついた。


「もおぉぉ、ビックリさせないでよぉ」

「ご、ごめんなさい! すみませんっ!!」


 反射的に謝りながらも、私の目は床にくぎ付けになった。

 さっきまで棚が立っていた場所に白い、紙切れらしきモノが落ちていることに気づいたからだ。


 棚の下に紛れ込んだことで、犯人たちが回収し損ねたのだろう。


 心臓がバクバクと飛び跳ねる。

 丁寧に探しながらも心のどこかでは『どうせ見つかるわけがない』と思っていた犯人の痕跡。


 灰色の埃を手で払い、クシャッと折り曲がった紙を丁寧に伸ばして開く。


「――これは……」



 私はその紙に見覚えがあった。

 

 都内のダンジョンが一覧で並んでいる。

 そこに書かれた〇、×、△のマーク。


 見間違うハズがない。それは

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