あなたは何者ですか?

僕たちは僕たちに出来ることを


 茶色い壁にびっしりと張り付いたツタ。

 上を見上げれば、天井にもところ狭しとツタが這っている。

 葉っぱの緑がちょっと目に優しい。


「あっという間に深層に着いちゃったねぇ」

「そうですね」


 丹沢山たんざわさんダンジョンに入った私たちは、凄まじいスピードでダンジョンを進んでいた。

 もしこれが深層到着までのRTAリアルタイムアタック企画だったなら、きっとレコードタイムを叩き出していたに違いない。


「でも、まぁ。そりゃ、そうだよねぇ。こんなにプロハンターがいるんだしぃ」


 通常、魔石目当てでダンジョンに潜る場合は、一人か二人。多くても四人程度で潜るケースが多い。仲間の数が増えたところで、遭遇するモンスターの数は変わらないし、いくらかモンスターを倒す時間を巻けたとしても、手には入る魔石の数はほとんど増えない。


 つまり、稼ぎの効率が悪くなってしまうのだ。


 でも今日は違う。

 目的は魔石ではなく人助け。

 捜索隊のメンバーは私たちを入れて十人近い。

 階層ボスすらも撫でるように倒し、私たちはここまでやってきた。


「私たちずっと、ただ歩いてただけなんですけど……いいんでしょうか?」


 私、ニコ先輩、紺屋課長はここまで武器に手を掛けてすらいない。時折り襲いかかってくるモンスターは、同行してくれている危険ダンジョン消滅課の方々が残らず倒してくれるから、歩くくらいしかやることがない。


「いいの、いいのぉ。ほら、吉音さんもヒマそうにしてるよぉ。せっかくだし、ちょっとおしゃべりでもしてきたらぁ? ほら、ほらぁ」

「ちょっと、やめてください。任務中ですよ?」


 にやけ面で私の肩を指先でつついてくるニコ先輩の手を払っていると、前方から「おやおや」と声がした。


「二人ともまだ余裕がありそうですね。では、もう少しペースを上げますよ」


 先頭にいる紺屋課長はこちらを振り向くこともなく、ただ足の動きを速めた。

 ほんの一、二秒で紺屋課長との距離が大きく離れた。


「げぇぇ、さいあくぅ」


 眉根を寄せた表情を見せつつも、当然のように走り出したニコ先輩の背中を、私は慌てて追いかける。戦闘ですらない、ただのランニングで戦力外になるわけにはいかない。


 深層をいくらか進んだところで、紺屋課長の動きがピタリと止まった。


「見つけました」


 誰も「何を」とも、「誰が」とも聞かない。

 私も黙って、目を皿のようにして周囲を見渡した。


 しかし、右を見ても左を見ても、視界に飛び込んでくるのはツタの這った壁、壁、壁、壁、壁。私の目には筒城つつき先輩の姿を見つけることができなかった。


「なにをキョロキョロしているんですか? 行きますよ」


 そう言って紺屋課長は再び凄まじいスピードで歩き始めた。

 さっきの『見つけました』はなんだったのか、といぶかしんでいると、ニコ先輩が隣に寄ってきた。


「紺屋課長はすっごぉぉぉく鼻が良いんだよぉ」

「はな、ですか?」

「そう。フラワーじゃなくてノーズねぇ。だからぁ、『見つけました』っていうのはそういうことぉ」


 ――筒城先輩のニオイを見つけました。


 という意味だったらしいことが分かり、ひとまず胸のつっかえが取れた。


 紺屋課長は曲がり角に来ると歩みをとめ、スンスンを鼻を鳴らして進む方向を決める。本当に合っているのか、私には判別わからない。

 だが、結果が出るまでにそれほど時間は掛からなかった。


 机やら椅子やらが並んだ、明らかに人が使っていた気配が濃い部屋。

 そこを抜けたところに手足を縛られた人が転がされていた。


 体格から察するに被害者は男性。おそらくは筒城先輩であろうが、顔中を包帯でグルグル巻きにされていて、ちらっと見ただけでは判別らない。


海里かいりくんっ!!」


 紺屋課長は筒城先輩の名を呼んで駆け出し、手足を縛られた男性を抱え上げる。

 私も近づいてみる。顔に巻かれた包帯から血がにじんでいた。


「彼を急いで病院へ、お願いします」


 紺屋課長が危険ダンジョン消滅課の面々に頭を下げると、彼らは少し困惑した様子で顔を見合わせた。


「もちろん、そのつもりです。けど、……皆さんは一緒に戻られないのですか?」


 紺屋課長は部屋を見渡し、隣の部屋に目を向ける。

 そして小さく「はっ」と息を吐く。


「どうやら、ここに犯人たちがいたようです。なにか手がかりが残されていないか、捜査する必要があります」

「ではせめて一人だけでもスイーパーを置いて――」

「いや、お気遣いなく。時間を気にしなくていいなら、私たち三人でも問題なく戻れますから。それより海里くんのことを、どうか」


 紺屋課長が深々と頭を下げる。

 階級が上のハンターに頭を下げられ、相手はひどく困惑しているようだったが、静かに頷き合うと、


「彼のことは、私たちにお任せください」


 一人が筒城先輩らしく男性を背負い、残りのメンバーが周囲を囲む。

 そうして瞬く間に危険ダンジョン消滅課の方々は去っていった。


 静かになったダンジョンで、紺屋課長がパンと手を叩く。


「さあ、僕たちは僕たちに出来ることをやろう」

「はい!」「はぁい」


 すでに姿をくらましている以上、犯人たちに繋がる証拠など何も見つからない可能性の方が高いだろう。それでも課長もニコ先輩も手を抜いたりはしない、地道な捜査の積み重ねが犯人を追い詰めるのだ。



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