勘違い
「えっ、えっ、ええぇぇっ! どうしてキツネさんがここに!?」
すぐ側に先輩やら、直属の上司やら、連盟の理事やらがいることも忘れて、私は素っ頓狂な声を上げた。ここはハンター連盟の本部、一般の人は入って来れない最上層フロアの特別会議室。本来いるハズのない人がいれば、そりゃあ声も裏返る。
「キツネさん?」
「あれぇ、課長知らないんですかぁ? この人は『
首を傾げる紺屋課長に、ニコ先輩がキツネさんのことを説明する。『有名な時期があった』という表現はちょっと引っ掛かるところもあるけど、私が訂正するのも違うような気がして、横目でキツネさんの様子を伺う。
言われている本人は静かに立ったままだ。
いちいち気にするようなことでもない、と思っているのかもしれない。
私が気にしすぎなのだろうか。
「そんでもって、吉音さんとコトリちゃんは浅からぬ仲でぇ」
「ニコ先輩!?」
「ああ、そういうことですか」
「課長!? 違いますよ?」
浅からぬ仲って。突然、なにを言いだすんだ。この人は。
本人は軽口のつもりかもしれないけど、真面目そうな紺屋課長は、きっと信じてしまう。私は課長に誤解されないよう、全力で否定した。
「ほんっとーに違いますからね。私とキツネさんはそんな関係じゃ――」
「えっ、違うんですか? 僕はてっきり、先日の青海海底ダンジョンで一緒だったとかいうダンジョンライバーさんかと」
「…………違いませんね。その通りです」
すっごいニヤニヤしながら、こっちを見てくるニコ先輩に腹が立つ。
だけど私にはジト目で彼女を見ることくらいしかできない。
「そろそろよろしいですか?」
私たちが静かになるのを待って、
鹿尾理事に手招きされ、私たちの前に立ったキツネさんが小さく頭を下げた。
「どうも。吉音イナリっす。えっと……、お世話になるっす」
「……………………」
特別会議室を沈黙が包んだ。
恐らくはこの部屋にいる誰もが、少なくとも私は、彼の次の言葉を待っていたのだけど、本人はすっかり話を終えたつもりらしい。
さっきの挨拶では何も
ということが、本人は理解っていないようだ。
「あー、こほん。吉音さんには、危険ダンジョン消滅課の方々と同じくスイーパーとして参加して頂きます」
見かねた鹿尾理事がフォローを入れる。
彼をこの場に呼んだのは、鹿尾理事ということで間違いないようだ。
しかし――、
「すみませぇん。この人って言ったら素人さんですよねぇ」
「ニコ、止めなさい」
「なんで彼に参加してもらう必要があるんですかぁ? 危険ダンジョン消滅課の人達がいれば十分だと思うんですけどぉ」
鹿尾理事に臆すことなく、そして上司である紺屋課長の静止の声も聞かず、ニコ先輩が疑問を投げかける。しかしそれは、私も気になっていたことだ。
スイーパー、つまりモンスターの掃除係ということだが、それもプロとアマチュアとでは大きな違いがある。その最たるはチーム間の連携にある。
危険ダンジョン消滅課のメンバーは、日頃から共同で任務にあたっている。
彼らには彼ら独自のやり方があり、それはチーム内での信頼によって支えられている。そんな中に得体の知れない、しかもアマチュアのダンジョンライバーが入りこむのは彼らにとっても面白くない話だろう。
キツネさんを含むワンチームで連携を取れるとは思えない。
「…………君はたしか、サトリさん。でしたっけ」
「惜しいっ!
少々の沈黙の後。
鹿尾理事が一歩、一歩とニコ先輩に近づいていく。
それでもニコ先輩は、人を食ったような喋り方を止めようとしない。
「ニコ、いい加減に――」
ニコ先輩を腕を引っ張って止めようとする紺屋課長を、鹿尾理事は無言で右手を出して静止する。 空気がピリピリと肌に刺さる。
剣呑な空気、なんて言葉は本でしか見たことがなかったけど、たぶん今が使いどころだ。そう、この部屋は剣吞な空気に包まれていた。
「そうですか。まあ、あなたの意見も間違ってはいません。ただ、ひとつ勘違いしていることがあります」
「勘違い?」
ニコ先輩のすぐ目の前に立った鹿尾理事は、彼女を見下ろしながら口の端を少しだけ上げて
「彼が参加する必要性、でしたか。それを検討、判断するのはあなたたちではありませんし、私には必要性を説明する義務もありません。私が彼の同行を決めた、という事実だけあれば十分。あなたたちはそれを『はい』と受け入れれば良いのです。そう、とても簡単な話なんですよ。とても、ね」
鹿尾理事から威圧のオーラみたいなものがビシビシと伝わってくる。隣に立っているニコ先輩は、真正面からガンガンに威圧されている。
流石のニコ先輩も軽口を返す余裕をなぬしている。それどころか顔が引きつっているように見えるのだけど、大丈夫だろうか。
「えっとぉ――」
「――返事が聞こえませんね」
「は、はい!」
「全員で」
「「「はいっ!!」」」
私たちは元気よく返事をした。
筒城先輩捜索はすぐに始まった。
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