考えうる最悪を思い浮かべろ


「――せんぱいっ!」


 呆然としているニコ先輩を押しのけて、私は網場あばの持つ銃口に向けて黒剣を振るった。剣から放たれた黒い衝撃波は、目標に到達する前に弾けて霧散した。


 舞踏会のような仮面をしていなくとも、私は網場が青海海底ダンジョンのコアルームで会った男だと確信していた。

 声の印象が違うのは、おそらく仮面に変声機でも仕込んであったからだろう。


 なによりも網場が持っている銃。

 私の目の前で、人の命を奪った銃。

 発砲音はなく、放たれたハズの弾も見えない恐ろしい銃。

 恐らくはレジェンダリーアイテム。 


 偶然の一致、とは考えられない。


「ああああっっっ!!」


 気勢を上げてがむしゃらに剣を振る。

 見えなくとも、あの銃口から弾のようなものが射出されているのは間違いない。


 網場が引き金を引くタイミングは、危機察知のスキルが教えてくれる。

 ならば、撃ち出された全ての弾を相殺するだけだ。


 黒い衝撃波が幾重も疾走はしり、どれもが同じように消えていった。


 五、六、七、……十五、十六、十七。


「ふむ。見えずとも防ぐのか。思ったより優秀だな」


 殺そうとしている相手を賞賛しながら、男は引き金を引き続ける。

 男の持つ銃に弾数という概念はないのか、いくら剣を振るっても終わりが見えない。


「だが、時間の問題だ」


 二十三、二十四、二十五。カウントが進むにつれて私は押されていた。衝撃波が相殺される位置が、徐々に私の方へと近づいてくる。


 大きな剣を振るう私と、銃の引き金を引くだけの網場。

 その差は攻撃速度の差となって現れる。


「網場さん、どうして……?」

「愚問だな。考えうる最悪を思い浮かべろ。……それが答えだ」


 動揺して立ち上がれないニコ先輩に、網場は目を向けることすらしない。


 四十六、四十七、四十――。


「ぅぐっ」


 身にまとっていた軽鎧の肩当てが飛んだ。

 遅れて左肩が熱を帯びていく。着弾したらしいが確認する余裕はない。

 私はただ剣を振り続ける。


 痛みを堪えて剣を振るうが、負傷した肩では全ての弾を防ぐことはできない。

 黒剣の衝撃波を再び抜けてきた弾が右足の脛、その側面をかすっていく。


「ニコ先輩! 立ってください。コイツは敵です!!」

「敵……。網場さんが敵? そんなこと……」


 かろうじて急所を避けながら、先輩の前に立って弾避けになる。

 この状況を打破できる手があるとするなら、それは一つしかない。


「――課長をっ! 紺屋こうや課長を呼んできてください!」


 私は黒剣を振りしめ、ニコ先輩と一瞬目を合わせる。

 先輩は青ざめた顔で、ダンジョンの奥へと繋がる道を見て頷いた。


 でも何故か、立ち上がったところでピタリを動きを止めてしまった。


「あらあら、ニコったら。大切な後輩を置いて、どこに行くつもりなのかしら」

「ほ、帆立ほたて、さん」


 まだ一度も会ったことのない、最後の同僚の名前だ。

 しかし私の危機察知スキルは、帆立と呼ばれた女にも強く反応していた。


詰みチェック、だな」


 網場の口角が少しだけ上がる。

 それは余裕か、油断か。その言葉は網場と帆立で仲間であることと同じ意味だ。

 言われてみれば、彼女も青海海底ダンジョンのコアルームにいた女と雰囲気がよく似ている。


「帆立さんまで……、そんな」


 網場だけでなく、帆立までもが自分を騙していた。

 再び動揺するニコ先輩に網場が追い打ちをかける。


「おいおい。『考えうる最悪を思い浮かべろ』と言ったハズだぞ」


 スッと血の気が引いていく。

 この場における『考えうる最悪』とはなにか。

 なぜあの女はダンジョンの奥から現れたのか。

 これほど騒がしく戦っているのに、どうして紺屋課長は来ないのか。


 答え合わせはすぐに終わった。


「おや? まだ片付いてなかったんですか」


 帆立の後ろから現れた紺屋課長は、いつもと変わらない柔らかい笑顔を浮かべ、


「小娘二人くらい、さっさと片付けちゃってください。生きていて貰っては困るんですから」


 私たちを殺すように命じた。


 網場が銃口を向けたまま私に近づいてくる。

 帆立は細身の剣を抜き、ニコ先輩へと歩み寄った。


「ニコのことは嫌いじゃなかったわ。今日だって、こんなところに居合わせなければ巻き添えにならずに済んだのにね。ほんと、運のない子」

「……巻き添え?」

「そう。その子の巻き添え」


 帆立が私を見てフッと息を漏らした。

 そこでやっと、私の中で全てが繋がった。


 ――この筒城先輩救出作戦は、私を殺して口封じするために計画されたものだ。


 仮面で顔を隠していたとはいえ、変声機で声を変えていたとはいえ、同じダンジョン犯罪対策課のメンバーである私と直接対面してしまったのは、彼らにとって大きなアクシデントだったに違いない。


 だから筒城先輩の救難信号を囮にして、をこの場所に集めたのだろう。本来は戦力外とすべき私をメンバーに入れたのもその為。 


 記録用カメラによって、ダンジョンでの犯罪が減少したことは事実。

 しかしこのシステムには、一つだけカバーできていない大きな問題がある。


 それは記録用カメラを持ち帰れなければ、事件は露呈しないということ。

 ダンジョンにおいて『死人に口なし』は、最も成功率の高い隠ぺい工作ということか。


「おしゃべりしているヒマがあったら、さっさと終わらせてください」

「……ふん」

「……わかったわよ」


 網場の銃口まで距離五十センチメートル。

 黒剣を振る前に、見えない弾が私に直撃するだろう。



 次に危機察知スキルが発動したとき、私は……死ぬんだ。

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