ちゃんと聞いてる?


 ――時は遡って、海底ダンジョン崩壊の二日後。


「やあ。青海あおみ海底ダンジョンは大変だったね」


 言われるまでもなく、めちゃくちゃ大変だった。

 こっちは、昨日の夜も夢に見てうなされたんだぞ。


 人が人を殺すところを見たのは初めてだった。


 見えない弾に撃たれた男は驚いた表情のまま

 倒せば消えてしまうモンスターと違って、身体はずっとその場所に。

 後から入ってきた大人たちが回収していくまで、ずっとそこに残っていた。


「でもまあ、残念ながら50点ってところかな」


 あのときの俺は誰がどう見ても0点だった。

 足がすくんでしまって、まともに動くことすらできなかった。


 犯人の一人から向けられた銃口を今でも思い出す。


 一歩間違えれば、物言えぬ屍になっていたのは自分だったかもしれない。

 背筋がゾクッとして、驚愕の表情のまま死んだ男の顔が脳をよぎる。


「ダンジョン連続襲撃事件の犯人らしきヤツラと遭遇したのは良かったんだけどね」


 良いわけあるか。

 ダンジョンでライブ配信をしたかっただけなのに、世間を騒がしているらしい凶悪犯と遭遇するなんて不幸が限界突破したような出来事じゃないか。


 ケツアゴアトルも、愛宕山ダンジョンのバーストも大概だったけど、今回ばかりは本当に死ぬかと思った。ダンジョンで死んだりなんかしたら、咲夜いもうとに殺されてしまう。


「まさか途中で配信が落とされちゃうとはねえ」


 原因はあの犯人の一人がはじめた演説らしい。


 ダンジョン特化型オンライン動画共有プラットフォームであるDunTubeダンチューブの規約には、『政治的、宗教的な立場から特定の主義主張に立脚している配信を禁ずる』というものがあるそうで、くだんの演説が規定に抵触したことが原因――というのが、音無さんの推測。


 DunTubeは、管理者権限において規約違反の動画を理由等の通告なしに配信停止とすることが可能となっているので、本当のところはよく分からない。


「コアルームに入ったあたりからカットして、再編集版をUPしてみたんだけど、あんまし伸びないんだよねえ、これが」


 ――我々三人すら仲間じゃない、当然ながら素性も知らない。いわばトカゲの尻尾であり、替えの利くパーツなのさ。


 コアルームで、犯人の一人が当然のように語っていたセリフだ。

 自身が信じるナニカのためなら、その身を犠牲にすることも厭わない。本当に?


 驚いた顔で死んでいった彼も同じ気持ちだったのだろうか。

 とてもそうは見えなかった。少なくとも彼は生きて帰ろうとしていた。


 彼ら三人が切り捨て要員なのであれば、生かしておいても不都合はなかったのではないか。連れていくことはできなくとも、あの場所に置いていけば良かったのではないか。


 なのに何故、あの男は動けない仲間をわざわざ殺していったのだろう。


「そういうわけで。ちょっと話題にはなったけど、それだけ。拡散してるわけでもないし、チャンネルに人が戻ってくる気配もない。ないない尽くし」


 魔石エネルギーがなければ、人は生きていけない。

 長らく信じていたものがウソだった。


 ハンター連盟のベテランらしい崩山くえやまはそれを『犯罪者の戯言ざれごと』と断じたが、その言葉自体を否定することはなかった。


 そういえば、崩山は無事だったのだろうか。

 青海海底ダンジョンの件はかん口令が敷かれているらしく、ニュースでもダンジョン連続襲撃事件の一つとして、青海海底ダンジョンが崩壊したことしか報じられていない。


 そこで死んだ男のことも、凶弾に倒れたハンターのことも、一切触れられない。

 もちろん俺も、ハンター連盟から他言無用ときつく言われている。

 しかも「誰かに話したらすぐに判明わかるから」としっかり脅された。


「このままじゃ引き続きオワコン街道まっしぐら」


 そういえば、どうして俺はこんな配信オワコンを続けているのだろう。


 元はと言えば、目の前にいる疫病神のライブ配信に映り込んでしまったのが運命の曲がり角。バズりにバズった動画、身バレ防止のために覆面新人ダンジョンライバーとして始まった活動。


 オワコンだというなら、そのままオワコンになってみんなの記憶から消えてしまった方が良いのではないだろうか。

 そうなればお稲荷さまの正体を暴こう、なんて考えの人も減るハズだ。


 無理して続ける必要は……ない?


「配信は誰も見てくれなくなって、収益は上がらなくなって、入ってくるお金はスズメの涙。そんなことになったら、潜木くぐるぎくんも困るでしょ?」


 それが案外、困らない。

 ダンジョンライバー・吉音きつねイナリとしてデビュー。そこから1,2ヵ月で結構な金額が溜まっていた。母の入院費は数年先まで心配ないし、妹の大学進学だってそうだ。


「だから、新しいお仕事の話があるんだけど――」


 仕事だって、俺はまだ大学三年生。就職活動が本格的に始まるのはまだ先だ。

 シンと一緒にインターンシップに挑戦してみるのもいいだろう


 十分な貯金を持って普通に就職して、あとは家族のために働く生活。

 堅実で安定した生き方を選べる立場にいる。


 それでいい。いいよな?


「――ねえ、潜木くん。私の話、ちゃんと聞いてる?」

「あ、はい。もちろんっす」


 怪訝そうにこちらを見る音無さんに、俺は平然とした顔でウソをついた。

 正直、なんにも聞いていなかった。

 

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