犯罪対策課の全戦力


 エレベーターの扉が開くと、他の階とは全く違う内装に少々面食らってしまった。


 足元に広がるカーペットは暗めの赤色で、踏むとふんわり足を包んで沈み込む。

 廊下に置かれたツボはいったいどれほどのお値段なのか、私には想像もつかない。


「えーっと、特別会議室は……。あ、あった!」


 そんなことを気にする様子もなく、ニコ先輩は目的の会議室へと小走りで駆けていく。私は間違っても転んでツボを破壊するようなことのないよう、慎重に、かつ急ぎ足で後ろについていく。


 特別会議と書かれたプレート。

 その横に構える大きな扉。

 普通の会議室が簡素な白い片開きドアなのに対し、特別会議室の扉は重厚なウッドタイプの両開きドアだった。


「しっつれいしまーーーっす!」

「し、失礼します!」


 元気よく部屋に飛び込んでいくニコ先輩に続いて、私も特別会議室に入った。


「ちょっとニコ!? ノックくらいしてから入ってくださいよ。鹿尾かのお理事、風頭かざがしら理事、教育が行き届いておらず申し訳ございません」


 紺屋こうや課長がペコペコと頭を下げている。


 神経質そうなインテリ眼鏡を掛けている方が鹿尾理事、千葉県愛宕山で発生したダンジョンバーストの指揮を執っていた人で、関東ダンジョン技術研究所(通称:ダン技研)の所長でもあるそうだ。


 鹿尾理事よりふた回りほど身体が大きいのが風頭理事だ。口まわりにもっさりと生やした髭のせいもあって、パッと見の印象は熊男である。ダンジョンを消滅させた数は日本で一番とされており、今も危険ダンジョン消滅課を率いている。


「構いません。そんなことより、本題に入りましょう」

「うむ」


 鹿尾理事がメガネをくいっと上げ、風頭理事は腕を組んだまま小さく頷く。

 それを見て、紺屋課長が緊張した面持ちで口を開いた。


海里かいりくんの居場所が判明わかりました。犯罪対策課の救出に向かいます」

「見つかって良かったです。でも、救出ということは……」

「はい。救難信号が発信された場所は、丹沢山たんざわさんダンジョンでした」

「げえええぇぇっ。なんてとこにいんのよぉ、海里のやつぅ」


 丹沢山。

 神奈川県にある山で、日本の最高峰・富士山の隣にある丹沢山塊の中心。

 ここにあるダンジョンは、強力なモンスター群が発生することからハイリスクハイリターンのクローズドダンジョンとなっている。


「丹沢山ダンジョンの捜索なんて、犯罪対策課うちなんかじゃ全然足りないですよぉ。どうするんです?」


 ニコ先輩が、口を尖らせて紺屋課長に不可能を訴えると、


「そこで今回は危険ダンジョン消滅課にサポートをして貰うことになりました」

「うむ」


 二人の理事がそれに応えた。

 といっても、風頭理事は頷いているだけだけど。


「あくまでメインは犯罪対策課です。危険ダンジョン消滅課の役割はスイーパー、モンスターの掃除係になります」

「あーはん。なるほどですぅ」


 モンスターは片付けてやるから、捜索の指揮は犯罪対策課でやれ。

 そして、もしダンジョン襲撃犯が出てきたときは、犯罪対策課が対処しろ。


 ――ということですね。


「あの……、紺屋課長」

「なんでしょう?」


 私はここまでずっと引っ掛かっていたことを確認する。


「犯罪対策課の全戦力、というのは……その」

「全戦力と言ったら全戦力です。……あなたにも期待していますよ、西海にしうみ琴莉ことりさん」


 自分の顔が紅潮していくのがわかった。


 つい先日まで『戦力外』だった自分は、全戦力に含まれるているのか。

 筒城先輩の居場所が判明っても、自分だけはまた置いて行かれるんじゃないか。


 そんな不安がなくなり、闘志が湧き上がってくる。


「はいっ!!」


 必要以上に大きな声で返事をする私に、紺屋課長は優しい笑顔を向けてくれた。


「コトリちゃんの不安が解消されたところで、あたしからも質問でぇす。全戦力、にしては人数が足りないなぁ、って感じるのはあたしだけですかぁ?」


 ニコ先輩の言葉で思い出した。

 私がここ数日、連盟本部に来れていなかったせいでもあるが、犯罪対策課にはまだ会ったことのない人が二人いるのだった。


網場あば保立ほたてのことなら、もちろん参加しますよ。いま出張から戻ってきてるところですから、現地集合の予定です」

「ええぇぇ、ホントに来るんですかぁ?」

「来ますともっ! 絶対……たぶん……きっと……おそらく」

「ぜんっぜん、自信なさげじゃないですかぁ。あたしは来ない方に一票」

「そういうことを言わないでくださいよ。もっと仲間を信じてですねえ」


 いまだ会ったことのない先輩ふたり。

 どうやらあまり信用されてはいないみたいだ。


「……こほん。そろそろ話を次に進めても?」


 黙ってこちらの成り行きを見ていた鹿尾理事の咳払いに、やんやと軽口を叩き合っていた紺屋課長とニコ先輩が「あ」と口を揃え、やっと静かになった。


「さて、最後にひとり紹介しておきたい人がいます」


 鹿尾理事が右手を挙げて合図をすると、目を見張るほどの美人の女性――どちらかの理事の秘書だろうか――が、琴莉たちが入ってきた扉とは別の、部屋の奥側にある扉をゆっくりと開いた。


 扉の向こうにも部屋があるようで、そこに控えていたらしい人物がゆっくりとした足取りでこちらの部屋に入ってきた。


「…………ッ!?」


 それは実に四回目の邂逅となるキツネのお面をした男性吉音イナリだった。

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