悪行なのか、善行なのか
ダンジョンコアは砕け散った。
それはこの青海海底ダンジョンが崩壊するということだ。
「………………?」
しかしダンジョンに目立った変化はない。
「終わりだな。いくぞ」
「そうね。……でも、この人たちがすんなり帰してくれるようには見えないわ」
コアルームの出入り口は一つだけ。
彼らが逃げるためには、その出入口を通らなくてはならない。
そこに立ち塞がっているのが俺たち。
ダンジョン連続襲撃事件の犯人たちが、ゆっくりと近づいてくる。
天井からパラパラと、石の欠片の降ってきた。
「崩壊が始まったか」
「崩れ落ちるまで二時間ってところかしら」
どうやらダンジョンの崩壊は、俺が思っていたよりもゆっくりと進むらしい。
地面がグラグラ揺れて、天井が落ちてきて、みんなが慌てて「すぐに逃げないと生き埋めになるぞ!」みたいな展開ではないが、いまも確実にダンジョンは崩壊へと進んでいる。
〇え? これマジなん?
〇仕込みとかじゃなくて?
〇ダンジョンが崩壊する瞬間の映像とか激レアじゃん
〇お稲荷さま、持ってんなあ
〇本人は今回、ほとんど活躍してないけどなwwww
〇「たくさんヤドカリを狩りました〇」
〇潮干狩りに来たんじゃねえんだから
「ハッハッハ! やってくれたな、クソ犯罪者ども。……もうちょっとユックリしていけよ。迎えの車も用意してあるんだ」
すでにハンター連盟には連絡済み、ということだろう。
大人びた声の男は、上着のポケットに手を入れたまま、武器を取り出す様子もない。
ただ、小さくひとつため息をついた。
「すでに事は成った。今さら貴様らに何ができるというのだ」
「お前ら、クソ犯罪者を牢屋にぶち込める」
「ふん。そんなことに何の意味がある」
「決まっている。ダンジョンへの襲撃を止めさせるのさ」
突如として始まった問答。
ダンジョン崩壊まで二時間ある(らしい)とはいえ悠長なことだ。
崩山の言葉に、大人びた声の男は先ほどより少し大きなため息を返す。
「止まるものかよ」
「なにを……」
「ダンジョンを襲っているのは我々三人だけではない、ということくらい貴様らも気づいているのだろう? つまり我々を牢に入れたところで、この襲撃が終わることはない」
そうなの!?
と、驚いているのはどうやら俺だけで、崩山は苦々しげな表情を浮かべていたし、コトリさんも動揺している様子が見えない。
彼の言っていることが事実だと、二人の態度が肯定していた。
〇これ機密情報なんじゃ……
〇知ってしまったら消されるとか
〇え、やめて。こわい
〇配信されてる時点で機密もクソもないだろ
〇今の同接数は30000オーバーだぞ、何人消せばいいんだよ
「…………ハッハッハッハッハ! そうだとしても、だ。ハンター連盟は貴様らクソ犯罪者から情報を得るのに手段は選ばない。すぐ芋づる式に――」
「それも無駄だ。なぜなら、我々は何も知らないのだから」
「…………は?」
崩山の表情が固まった。
喜怒哀楽のいずれでもなく、驚愕するでもなく、ただ固まった。
相手の言っていることが理解できないとき、人はこんな反応をする。
「さっきも言っただろう。我々三人すら仲間じゃない、当然ながら素性も知らない。いわばトカゲの尻尾であり、替えの利くパーツなのさ。……消耗部品に不要な情報を与える必要などあるまい?」
「……イカれてやがる」
〇崩山に同意
〇こういうの狂信者っていうんじゃないか
〇こんなのが何人もいる犯罪集団とか怖すぎる
自分たちのことを部品と
その事に、本人が一切の不満を持っていないであろうことがハッキリと伝わってきた。
「……あなたは、それで良いんすか?」
言葉が口をついて出た。
こんな犯罪者たちに関わるつもりなんて無かったのに。
「…………お面なんかつけて変なヤツだな」
「それはお互い様っすよ」
お前にだけは言われたくない、と普通に思った。
「それもそうか。…………さっきからフワフワと目障りなものが飛んでると思ってはいたが、……貴様は配信者ってやつか」
「あんた達の悪行も、全てライブ配信中っす」
「ほお……。悪行、ね」
そう呟いた男の声は、先ほどまでよりワントーン低い。声に怒りが籠もっていた。
「いい機会だ。これが悪行なのか、善行なのか。民意に問うてみようじゃないか」
「…………は?」
大人びた声の男はドローンへ顔を向け、腹の底から声で空気を震わせる。
「諸君。この動画を見ている諸君! ダンジョンが生まれて数十年。いったいどれだけの生命がダンジョンによって散っていったか、君たちは知っているだろうか。…………全世界で約4億人だ。これは世界人口の約5%にあたる。過去に起こった世界大戦だって、これほどの被害を出してはいない。
モンスターが巣食っているばかりでなく、時にモンスターを地上へと解き放ちダンジョンバーストという大災害を引き起こす、このダンジョンという危険な存在について改めて考えなくてはならない」
それは演説だった。
俺たちの配信を見ている数万人という視聴者に対して、男は演説を始めたのだ。
〇諸君って俺ら?
〇ダンジョンが危険とか今さらだし
〇選択の問題だろ
〇魔石エネルギーがないと生きていけないだろ
「『ハンターは自己責任』などと言いながら、支援政策をエサにどんどん死地へと送り込む政府。ダンジョンバーストは管理できるなどと言いながら、磐梯山ダンジョンでは数千世帯を灰にしたハンター連盟。
それでもダンジョン政策はストップすることなく、より過激な法案が閣議決定されていく。これは日本のみならず、世界が全く同じ政策を採っている――なぜだ!?」
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