一陣の風(強め)


 壁を這うモンスターは中型のムカデ。青緑色の身体に無数の脚が並んだ形状は普通に気色が悪い。

 とはいえ、これまでに戦ってきた深層のモンスターに比べると、いささか見た目の威圧感に欠ける。


「ストームカデラックスがこんなに……」


 俺には初見のモンスターだったが、コトリさんは知っていたらしい。


 ストーム、は嵐だろ。

 ムカデ、はムカデ。

 で、デラックスってことは豪華版なのかコイツ。


 ストームカデラックスは……長いな。ムカデは全部で十匹。

 うち二匹がこちらに、三匹が崩山たちオッサンズバトルの方に。そして半分にあたる五匹が犯人グループの一人である女性の方へと近づいていく。


 ムカデは鎌首をもたげて、アゴを横に大きく開けて威嚇のポーズ。

 ゴオオオ、と鳴き声らしき音も聞こえてきた。


 ムカデといえば、一番の武器は強力なアゴ。

 手のひらサイズのムカデに噛まれても激痛が走るのだ、大型犬ほどのサイズになったモンスタームカデに噛まれてはたまらない。


 ならば、先手必勝。


「コトリさん、右からいきま――」

「キツネさん伏せてっ!」


 不意にコトリさんの手が、俺の背中の上部を強く押した。

 流されるままに頭を下げさせられ――勢い余った身体はそのまま地面とアツい抱擁かわすハメになった。痛い。


 頭の上の方からゴオオオオオオオオオ、と大きな音が聞こえる。

 横を見ると、コトリさんも地面に伏せるような体勢。


 確認するまでもない。敵の攻撃だ。

 俺たちを狙った一撃がどんな攻撃方法だったのかはよく理解わからない。ただ、先手必勝と考えたのは敵も同じだったようだ。


 顔を上げるとコアルームの中は地獄絵図と化していた。


 十匹のムカデから思い思いのタイミングで吐き出される突風。

 俺の頭上を抜けていったものが、どうやら強烈な風らしいことは理解した。


 鳴き声かと思っていた『ゴオオオ』という音は、ヤツの体内で鳴っていた強風の音だったようだ。ストームの名に偽りなし。


〇ナニコレ? 珍百景??

〇口から竜巻を吐き出すムカデ×10

〇ストームっていうかトルネード

〇ストームをデラックスにしたらトルネードになった的な

〇↑ちょっと何をいっているのか

〇奥に行った女の人、五匹はさすがに無理でしょ

 

 吐き出された風には指向性があるのか、ほかのムカデが吐いている風はこちらには届かない。ターゲットに向かって一直線にはしっているようだ。


 俺はムカデの方へと向き直り、再び吐き出された突風をかわしながら、金糸刀をムカデの節と節の間に突き刺す。


 苦悶の声、のようなものはない。このムカデには声がないのかもしれない。

 ただ身体をよじる動きから、ヤツの痛痒が推測できた。


 俺は小さく息を吐く。

 突風に気をつけながらでも、一対一でムカデを殺すくらいのことは問題なくやれる。


 コトリさんの方を横目で見ると、凄まじい剣技でムカデを切り刻んでいた。

 あれはもう、オーバーキルなんじゃないだろうか。


〇おっ、イイ感じ

〇コトリちゃん、もうそれくらいで

〇ライフ0になっても攻撃を止めないタイプか……怖いな

〇まあムカデくらいはね、倒して頂きませんと

〇ムカデって悲鳴あげたりしないんだな

〇ムカデには声帯がないからね


 ふと気づいた。崩山は大丈夫だろうか。

 犯罪者を二人同時に相手するだけでも大変な状況。そこにムカデからの攻撃まで加わっては、


「しまっ――」


 ゴン、と無機質な壁にぶつかる音。

 まさかと思って音のした方を見ると、三人いたハズの空間から一人が欠けていた。


 近くの壁に打ちつけられていたのは、犯人グループのひとりである口の悪い男。

 動いてはいるから、気絶したり、ましてや死んだわけではないらしい。

 それでも、大きなダメージを負ったことは間違いないようだ。足がふらついているのが俺のところからでも見てとれる。


「ハッハッハッハッハ!! 運が悪かったな」


 かたや崩山は突風をかわしながら、口の悪い男に軽口を叩き、大人びた声の男へと拳を突き出している。薄々そんな気はしていたのだけど……崩山はけっこう強いっぽい。


「やれやれ。所詮は口だけのクズか」


 大人びた声の男も、口の悪い男を一瞥いちべつして悪態をつく。

 その様子を見ていた崩山の眉間に山が生まれた。


「それが仲間にかける言葉か? いや、犯罪者ごときに仲間意識なんてものを求めるのもおかしな話か。ハッハッハッハ!」

「仲間……、か。たまたま目の前にある目的が一緒だっただけで、思想も理想も全く違う人間を仲間と呼ぶ趣味はないものでな。我々は各自が自己責任で事に当たっている。つまり、その男がどうなろうと私の知ったことではない」

「ハッハッハ! …………胸くそ悪ぃぜ」


 言うなり、再び崩山の拳が大人びた声の男へと繰り出される。

 これまではその場でかわしながら、崩山との距離をキープしていた男が大きく後ろへと飛び退すさった。


「ハッハッハッハッハ! 1対1になってビビっちまったか。だが、そんなに距離を取っちまって大丈夫か?」


 崩山の言葉通り、女までの距離が一機に縮まった。

 元はと言えば、大人びた声の男が割って入ってきたのは、女がダンジョンコアへと向かうためのサポートだったハズだ。


「構わんさ。こっちの仕事も、もう終わりだからな」


 いつの間にか女を襲っていたモンスターは全て消滅していた。

 上下の台座に挟まれた石――ダンジョンコアに女が手に持った棒のようなものが振り下ろす。


 ――ビシッ、パキパキパキ


世界セカイただし、人類ヒトただす」



 パンッと乾いた音を立てて、ダンジョンコアが砕け散った。

 



 

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