俺を舐めるなよ


崩山くえやま! ……さん!!」


 アッシュグレーのドレッドヘアに、顔の至るところに生えたピアス。

 ちょっと前まで『聞きたくない声 No.1』だった男、崩山順一郎が立っていた。


「ハッハッハッハッ! てめぇ、いま俺のこと呼び捨てにしようとしてただろ? あとでゲンコツだ、このキツネ野郎」


 大声で笑いながら、ズカズカとコアルームに入っていく崩山の背中が大きく見えた。 


〇クズ山がこんなに眩しく見えるなんて

〇バカッ! くえやまさんに失礼だぞ!

〇コメ欄の手のひらクルーがスゴい

〇ナンノコトカナー


「あっ、そういえば。この機械なんだったんすか? 押しても音ひとつ鳴らなかったんすけど」

「ああ? 音なんか鳴るかよ。そいつは発信機だ。ボタンを押すと俺のアームモニターにSOSが飛んでくる仕様になってる。つか、こんなダンジョンで防犯ブザーみたいにピヨピヨ音なんか鳴らしたって聞こえるわけねえだろ。ハッハッハッハッ!」


 ………………たしかに。

 なんとなく見た目で防犯ブザーをイメージしていたけど、崩山はそんなこと一言だって言ってなかった。うわっ、はずっ。


〇これは恥ずかしい

〇きっとお面の下は真っ赤だぞ

〇赤いキツネ

〇だれが美味いこと言えと

〇この流れ好きだー


「そんで……、お前ら三人がダンジョン連続襲撃事件の犯人、ってことで良いんだよな? マジでいてくれるとは、俺の勘も捨てたもんじゃねえな。ハッハッハッハッハッハッ!!」

「ハッハ、ハッハとうるせえ野郎だな。犬かテメェは」

「犬か、悪くない例えだな。獲物を前にした俺はしつけえぞ。ハッハッハッハ!!」


 プロレスのマイクパフォーマンスさながら、ガラの悪い二人が挑発し合う。

 俺はともかく、いつの間にかコトリさんもすっかり蚊帳の外だ。


「チッ、舐めてんじゃねえ……ぞっ!!」


 口の悪い男――二人とも口は悪いが、名前がわからない犯人の方だ――が先ほどと同じく懐からダガーを投げる。

 しかしダガーは崩山に届くことなく地面に落ちた。

 俺の見たものが正しければ、ダガーは崩山の手で撃ち落とされた。

 文字通り彼は、素手でダガーを殴り落としたのだ。


〇あれ? もしかしなくても崩山さんってお強い?

〇少なくとも新人の西海琴莉なんかよりずっと強いだろ

〇プロハンターを10年以上も続けてるヤツらはだいたいバケモノだからな

〇才能ないヤツは1,2年で死ぬか引退するから


「お前こそ俺を舐めるなよ。こんなホームセンターで売ってるようなナイフじゃ、俺に傷ひとつ付けられねえぞ」

「…………チッ」


 舌打ちと一緒に口の悪い男の軽口が影を潜めた。先ほどまでとは表情も違う。

 

「もしかしなくても、苦戦してるみたいね」

「バカ言ってんじゃ――」

「ふっ。別に手を出すつもりはないわ。こっちはこっちで仕事してるから、邪魔にならないように


 失笑混じりの嫌味を残して、女は部屋の奥へと進んでいく。

 そこには天井と地面から伸びた二つの台座と、そこに挟まれた白い球がひとつ。

 どうやらあの白く輝く球がこの部屋の光源らしい。


「おんなぁ! それに手を出すんじゃ――」


 慌てて部屋の奥へと駆け寄ろうとする崩山の前に、大人びた声の男が立ちふさがった。


「別に割り込む気はないんだが、こっちの仕事を邪魔するつもりなら相手になるぞ」

「ハッハッハッハッハッハ! 元々3人まとめて相手にするつもりだったんだ。物足りねえくらいさ」


 崩山が男二人を相手取りながら、奥の台座を目指す。


 やや距離を取ったところから飛んでくるダガーをかわしつつ、大人びた声の男に殴り掛かる。凄まじいスピードで繰り出された(ように俺には見えた)拳だったが、相手の男はしっかりと避けて蹴りを繰り出していた。


 プロハンターであるコトリさんや崩山はもちろんだが、敵の身体能力も常人離れしている。格闘家だとか、アスリートだとか言われても疑わない。とにかく、非運動部の大学生である俺とは大違いだ。


 奥に向かった女も、もしかしたら凄まじい身体能力を持っているのかもしれない。


 俺は自分の左手に目をやった。

 逸刻環いっこくかん。レジェンダリーアイテムである、この腕輪のアイテムスキルを使えば、男たちの横を抜けて台座の元にたどり着けるだろう。


 だけど、たどり着いたところで何ができる。

 俺は深層のモンスターだって殺せるだけの武器を持っているけど、それを人に向ける覚悟はない。


 彼らは強い。それは間違いない。

 それでも彼らは人間だ。ちょっと打ちどころが悪ければ死んでしまう。


 もし俺の攻撃が誰かの命を奪ってしまうような結果になったら、一生モノのトラウマになるに違いない。それどころか、過剰防衛で捕まってしまう可能性だってある。


 だから俺は、力を使うことを躊躇ためらってしてしまった。


 突然、目の前が赤くなった。

 さっきまで白く照らされていたコアルームが、パトカーの赤色灯を思い出させるような赤色に染まっていた。


「え? なになに? なんすか?」

「コアルームが防衛モードに入ったんだよ! ハッハッハ! 自分の身くらいは自分で守れよ、キツネ野郎」

「キツネさん、上です!!」


 コトリさんの声に俺は上を向く。

 天井をずるりと這っているモンスターとバッチリ目があった。


 こっちは何がなんだか訳も分からず、頭はぐるぐるに混乱してるってのに。


 ……まあいいや。取りあえず、モンスターこれは殺していいヤツだよな。


 難しいことを考えるのはヤメだ。

 簡単に解ける問題から解いていこう。

 モンスターは殺してOK。

 

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