銃口


「…………魔石エネルギーが国力の基準になってしまったからだ」


 トンッ、とやや大きな岩片が私の頭に当たった。

 ダンジョンの崩壊は少しずつだが確かに進んでいる。


「諸君らはダンジョンから産出している魔石エネルギーが、年間でどれだけの量に至っているか考えたことはあるか? 『魔石エネルギーがなければ生きていけない』という言説も間違いではない。しかし、人々が生きていくのに必要十分な量がどれくらいか、諸君らは知っているか?」


 崩れゆくダンジョンの状況など気にする様子もなく、目の前にいる男は演説を続けていた。その低く抑揚のある声に、心ともなく意識が惹き付けられる。


「我々の計算では、この国で算出されている魔石エネルギーの量は、すでに国民が生活するに必要十分な量を大きく超えている。ならば何故、この国は尚もダンジョン政策を推し進めようとするのか?」


 彼の言っていることは本当なのだろうか。


 言われてみれば、心当たりがないわけでもない。

 政府の発表によると、ハンターを志望する若者の数は年々増えているそうだ。

 プロハンターの試験合格者数も同じく、だ。


 ハンターの数が増えれば、魔石が集まる量も増える。

 もちろん数に比例してとはいかないだろうが、それなりには増えるハズだ。


 しかしここ数年、生活に必要なエネルギーにおける魔石エネルギーの占める割合に大きな変化はない。原子力発電や再生可能エネルギーが、魔石エネルギーの伸長と同じように伸びているハズがないのに。


 ならば、増えたハズの魔石エネルギーはどこへいったのだろうか。


「魔石エネルギーは――兵器に利用されている」


 答えは明快だった。

 最初に男が言った『魔石エネルギーが国力の基準になってしまった』という言葉ともつながった。


 軍事に利用された魔石エネルギーは、生活に必要なエネルギーに含まれない。

 魔石エネルギーが戦争の道具となるのなら、産出量がそれすなわち国力。


 理屈は……通っている。


 それじゃあ、彼の言うことが正しいのなら、私たちハンターは戦争の道具をこしらえるために命がけでモンスターを戦っているということか。


 磐梯山ダンジョンのバーストも失われた町も命も、愛宕山ダンジョンのバーストで心に消えない傷を負った高校生たちも、そんなことのために犠牲となったのか。


 心にドロリとした感情が流れ込んでくる。

 そんな私の気持ちを見透かしたかのように、崩山くえやまの大きな笑い声がコアルームに響いた。


「ハッハッハッハッハッハ! くだらん、犯罪者の戯言ざれごとだな」

「なに?」


 先ほどまで意気揚々と演説をしていた男が不機嫌そうな反応を見せた。


「エネルギーが兵器に利用される、なんてことはなにも魔石に限った話じゃない。人がいて集団が生まれれば争いは起きる、そこにエネルギーは不可欠だ。今さらなんだよ、お前が言ってることは」

「…………ッ」

「どうせ、戦争だの兵器だのってワードを出しておけば、ハト派連中平和主義者を取り込めるとでも思ったんだろ」


 あきれた様子の崩山を、男が静かに睨みつけている。

 そのとき地面が大きく揺れ、こぶし大の大きさの岩片がコアルームに落下した。


「茶番はその辺にして、そろそろ出ないと間に合わないわよ」


 女の言葉に、男は小さく息を吐き、


「ふぅ。そうだな」


 胸元から黒い筒のような物を取り出した。


 銃だ。海外ではいざ知らず、日本ではめったにお目に掛かることのない武器。


「遊びはここまでだ」


 男が銃を構えた。

 銃口を向けられた崩山は、両の拳でファイティングポーズを取っている。


 まさかこの男……、銃弾を拳で打ち落とすつもりだろうか。


「たかが銃の一発や二は――」


 言い終わらぬうちに、崩山の身体が前のめりに崩れ落ちた。


「え?」「なっ!?」


 私たちはすぐに崩山の元へと駆け寄った。

 お腹のあたりから血が流れているようだ。

 銃弾が命中した……にしては銃声らしき音は聞こえなかった。サイレンサーでは説明がつかない無音。


 瞬間、背筋に悪寒が走る。

 危機察知のスキルが、私に向けられた殺意に反応した。


 身体をひねると銃口をバッチリ目が合った。

 あの銃は普通の銃ではない。ともすればレジェンダリーアイテム。

 ……私に避けることができるだろうか。


「ちっ」


 しかし銃口は、忌々し気な舌打ちと共にすぐに明後日の方を向いた。

 男が何かを避けて体勢を崩したからだ。


 ギィンと音を立てて壁に突き刺さっているのは、見慣れた金色のダガー。

 投げたのはもちろん、キツネさんだ。


「つ、次は、あ、当てるっすよ」


 声が少し震えているようだった。

 それは相手にもしっかり伝わっている。


「その震える足で、か?」


 男がニヤリと笑みを浮かべた。

 銃口はそのままキツネさんに向けられる。


「いつまで遊んでんのよ。先に行くわよ」

「ふん」


 男は銃口を向けたまま、じりじりと入口へ近づいていく。

 これは私への牽制でもある。動けばこの男を撃つ、と銃口が語っていた。


「おっ、おい! 俺を置いていくなよ!!」


 犯人グループの三人目。口の悪い男が、わけもわからぬまま悲鳴のような声を上げた。ストームカデラックスの攻撃で負傷したらしい男は、自力で歩くこともままならないようだ。


 銃を構えていた男が小さくため息をついた。

 そのまま銃口の向きを変え、負傷した仲間へと照準を合わせた。



 ――やはり銃声はしなかった。

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