何も成長してねえ


「私は足手まといなんだそうです」


 そんな言葉から始まった。


 この春に配属された部署がダンジョン犯罪対策課であること、ダンジョン連続襲撃事件の犯人を追っていること、事件に巻き込まれたらしい先輩ハンターが行方不明になったこと、それでも足手まといの自分は現場に同行させて貰えないこと。


 悔しさと怒りを吐き出すように語る彼女は、ウサギのお面の下でどんな顔をしているのだろうか。


「このダンジョンだって、犯人が狙いそうなところを選んだんです。もしかしたら犯人を捕まえられるんじゃないか、先輩を助け出せるんじゃないかって。自分ひとりで行くよりも、キツネさんの配信のゲストとして行った方が、偶々たまたまって感じがすると思ったんです。ズルいですよね、私……」

「そんなこと…………、気にしなくていいっすよ」


 そんなことないっす、とは言えなかった。

 かといって、彼女を責める気持ちも湧いてこない。


 彼女が置かれている境遇も、いま彼女が感じている憤りも、まだ学生という身分でしかない俺には本当の意味で理解わかっているとはいえない。だけど唯一、無力感だけは十分すぎるほど理解ってしまった。


『ふふふふっ、これはうまくやられたね。彼女を利用してクローズドダンジョンに招待してもらおうと思ったら、実は私達の方も彼女に利用されていたなんて。面白いじゃないか』


 イヤホンの向こう側から聞こえてくる音無さんの声は、妙に楽しげだった。

 

『それにほら。これって、潜木くんの大好きな人助けじゃん。それに、もし捜索中の犯人を見つけることができたら、この配信も話題になること間違いなし。ちょうど、新しいダンジョンを見せるだけの配信じゃ弱いと思っていたところなんだ。渡りに船とはこのことだね』


 なんだよ、『大好きな人助け』って。

 いや、言いたいことは理解るけどな。


 これまで、お稲荷さまの動画で大きくバズったのはこの三つだ。


 一つ目は、成り行きで音無さんを助けたジャガーゴイル討伐。

 二つ目は、コトリさんを庇いながら戦ったケツアゴアトル討伐。

 三つ目は、妹が巻き込まれたダンジョンバーストの鎮圧。


 どれも俺が勝手に首を突っ込んだものだし、人助けと言われれば結果的にはその通りだ。

 とはいえ別に、誰から構わず助けて回らないと気が済まないような聖人君子ではない。


 音無さんの言葉を無視しつつ、おもむろにポケットへ手を入れると、タマゴ型のツルツルとした手触りが指に触れた。


 崩山くえやまが渡してきた機械だ。アイツが言っていたセリフをふと思い出す。


――もし、ダンジョン連続襲撃犯を見つけたらそれを押して俺を呼べ


 そうだ。

 犯人と遭遇したらこの機械を押せばいい。


 よくよく考えれば犯人を見つけたとしても、俺が何かをする必要はない。制圧するのはプロハンターの仕事だし、逮捕するのは警察の仕事なんだから。


 アイツに助けられるのはちょっと癪だけど、犯罪者の相手をするのは俺みたいなアマチュアよりも、プロの方が良いに決まっている。


「自分が何の役にも立てないってキツいっすよ。それでも何か出来ないかって頑張ってるコトリさんはスゴいっす。まあ、最初から話してくれても協力したのに、とは思うっすけど――――え?」


 隣からツンツンとつつかれてコトリさんの方を見ると、彼女はアームモニターを指差して「始まってますよ」と小声で言った。

 体勢もいつの間にか中腰になっていて、今にも立ち上がろうとしている。


 そんな様子がアームモニターに、さっきまで真っ黒だったはずの画面にしっかりと映っていた。俺の目は滑るようにコメント欄へと視線を移す。


〇始まったと思ったらお稲荷さまがなんか語ってる最中だったんだが

〇これ配信開始に気づいてなかったパターンだな

〇コイツ初配信から何も成長してねえ

〇初めてのときは「本日は晴天なり」とか言ってたもんな


 背筋に冷たいものが走った。

 コトリさんの話を聞いているうちに、いつの間にか休憩時間が終わっていたらしい。


 どうしようかと考えた俺は勢いよく立ち上がると、前方にふわふわと浮いているドローンに手を振り、


「こ、コンー。配信再開するっすよー」


 とりあえず無かったことにしてみた。


〇コンー、って遅いんだよ

〇何事も無かったかのように挨拶から始めても無かったことにはできないんだぞ

〇コン回はマイクテスッじゃなかったね

〇コンナコトアルンダ

〇もっと語ってくれてもええんやで


 さすがに無かったことにはして貰えなかった。やむなし。

 無理矢理にでも話を切り上げて、探索を再開させるしかなさそうだ。


「いやいやいや、とんでもないっす。さあ、気を取り直して探索を再開するっすよ。ねっ、コトリさん!」 

「そう、ふふっ。そうでふね。ふふふふっ」


〇そうでふね、って

〇コトリちゃん楽しそうでふね

〇ダメだこりゃ、ツボに入ってる

〇せめてお前は何事も無かった顔してやれよ


「コトリさん! いつまで笑ってるんすか、先に行きま――あれ、何ですかね?」


 お腹を抱えて笑いをこらえようとしているコトリさんを置いて、さっさと先に進もうとしたところに、体中が銀色のモンスターが現れた。


 メタルヤドカリではない。

 鋏脚を振り回す動きはよく似ているが、身体はもっとサイズが大きいし、足だって何倍も太い。何より巻貝を背負っていない。そして、俺はこの生物をヤドカリよりもよく知っていた。


「わっ、わっ! メタルバガニですよ!! スーパースーパーレアモンスターですよっ!!」


 そう、カニだ。

 メタルバガニ……タラバガニか!



 ――ちゃんと、ヤドカリの仲間なのが腹立つな。




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