配信再開まで、あと24分


 やってしまった。

 気をつけていたのに。


 どうして私はこうなんだろう。

 あんなヤツの言うことなんか、無視しておけばいいだけなのに。

 気づいたら悪態が口から飛び出していた。


 今さら後悔しても、吐いた言葉を戻すことはできない。


「コトリさん、スイッチ!」

「…………」


 崩山くえやまと名乗るハンターに言ったことは本心だし、ちょっと失礼だったかなとは思うけど、相手の方がもっと失礼なのだから五分五分だと思ってる。


 ただ……、ライブ映像で流れてしまったのは大失態だった。


 きっと、さっきのシーンだけ切り取られて拡散されちゃうんだろうなあ。

 ウサギのお面をしてたって正体は私だって判明わかってるわけだし。


 別にイイ人に見られたい、とか思っているわけではないけど。

 拡散された動画の見た人から揶揄からかわれるのは面倒極まりない。連盟の先輩ハンターや、高専の元クラスメイト達のニヤけた顔が脳裏をよぎる。


 ああ、サイアクだ。


「コトリさん!?」

「えっ!? あ、すみません!!」


 考え事をしていたら、いつの間にかモンスターとの戦闘が始まっていた。

 私は慌ててキツネさんのカバーに入る。


 深層に入ってからも、モンスターの出現率は相変わらず低い。

 それだけに余計なことを考えてしまって、いざモンスターが出現したときに集中することができずにいた。


 下層までと比べると、モンスターは格段に強くなっている。

 気の弛みは自分のみならず、キツネさんの命まで危険に晒すというのに。


 なんとかモンスターを倒し、魔石とドロップアイテムを回収したキツネさんが、近場の岩陰に腰を下ろす。


「ちょっと休憩にするっすよ」


 その言葉に、私の胸は締めつけられた。

 私がぼんやりしていたせいで、キツネさんに気を遣わせてしまっている。

 せっかくゲストに呼んで貰ったというのに、このままでは仕事だけでなくココでも戦力外の足手まといになってしまう。


「いえっ、まだ大丈夫です! ちゃんと集中しますから」


 しかしキツネさんは静かに首を振る。

 彼の周りを浮遊していたドローンが、ゆっくりと彼の手元に移動した。


「マネージャーから配信を30分休憩するように連絡があったんすよ。ドローンの長時間稼働は故障の原因だからって」

「そう……ですか」


 キツネさんの言葉を鵜呑みにしたわけではない。

 それでも、ここまで言ってくれている彼にこれ以上食い下がるのも違う気がした。


 キツネさんの隣に腰を下ろすと、不意に大きな疲労感が身体を襲った。

 自分でも気づかないうちに疲れが溜まっていたらしい。


 でも、どうしてだろう。

 これでも一応、私はダンジョン高専を卒業している。

 体力にはそれなりに自信があった。


 普段はもっと長い時間ダンジョンに潜ることだってあるし、今回はキツネさんのおかげで探索ペースは順調すぎるくらいなのに。


「いやあ、カメラが動いてないって幸せっすねえ」

「…………あ」


 キツネさんの言葉でやっと気づいた。

 私はどうやら緊張していたらしい。


 ダンジョンに入ってからココまで、ずっとカメラに撮られていたことが、知らず知らずのうちに精神的な疲れを引き起こしていたのだ。


 アームモニターに目をやると、ずっと自分たちを映していた画面が真っ暗になっていた。さらに白い文字で『配信再開まで、あと24分』と書かれている。 


〇メンテ休憩だってよ

〇いまのうちに飯買ってくるか

〇コトリちゃんの様子ちょっと変だったよね

〇ぜんぶクズ山のせいだ

〇クズ山もクズ山なりに若い子を心配していたんだと思うぞ

〇もっとわかりやすく心配してくれ

〇なあ、この画面が真っ暗になってる間にキツネとウサギは何してると思う?

〇そりゃあ男と女が二人っきりってなったら、なあ?

〇↑そのコメント、二人が見たらどう思うでしょうか?

〇↑バレたって思う

〇そろそろやめてさしあげろ


 画面は真っ暗でも、コメント欄は好き勝手に盛り上がっている。

 いつモンスターが襲ってくるかも分からないダンジョンの中で、しかも深層という危険地帯でさかりだすようなバカなハンターはいない。……と、思う。いないよね?


 おそるおそる横を見る。

 キツネのお面はただ前を見つめていた。


 表情の見えないから彼が何を考えているのかはわからない。

 それはウサギのお面を被っているこちらも同じだけど。


「あの……」


 不意に声を掛けられ、体がビクッと反応する。

 まさか本当に口説いてくるなんてことはないと思うけど、つい身構えてしまうのはさっき変なコメントを見てしまったせいだ。


「なにか気になっていることでもあるんすか?」

「……え?」

「崩山に『新人にはまだ早い』とか言われたあたりから、ちょっと様子がおかしいような気がして。さっきもなんか考え事してたっすよね」

「それは……その」


 自分が動揺したタイミングをすっかり言い当てられて、なんだか急に気恥ずかしくなった。そのせいか、とっさに都合の良い言い訳が浮かんでこない。


 なによりウソをついてまで誤魔化そうとする行為が、キツネさんに対して不誠実なように思えた。


「あっ、別に言いたくないなら、無理には聞かないっす」


 両手をバタバタと振って、お面を付けているのに慌てている様子が伺える。


 どうして彼の方が動揺しているのだろう。

 ダンジョンの探索中に考え事なんかして、悪いのはどう考えても私なのに。


「キツネさん。ごめんなさい」

「えっ? なんすか、急に」

「私、キツネさんに黙っていたことがあるんです」


 この人に隠し事をしたくない。そう思った。

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