新人にはまだ早い


西海にしうみ琴莉ことりぃ。なーんで、お前らが俺より先に階層ゲートに着いてんだ? ワープか? 超光速航法なのか? ハッハッハッハッハ!」


 出た。崩山くえやま順一郎じゅんいちろうだ。

 俺たちより先に進んでいたはずなのに、いつの間にか追い抜いていたらしい。

 そしてシーサーペンドラゴンと戦っている間に追いつかれた、と。


〇うわ

〇サイアク

〇クズ山じゃん

〇またヤンキー崩れが出た

〇なんでヤンキー崩れが超光速航法とか知ってんだよ

〇せっかくテンション上がってたのに、コイツの顔見たら下がったわ

〇あんまりウゼェとピアス引っ張るぞ(お稲荷さまが)



 コメント欄も非難囂囂ひなんごうごうである。


 例の接触事件を責めるコメントもすっかり見えなくなった。

 そいつらも崩山のことをディスっている最中なのかもしれない。


 一応補足しておくけど、俺はピアス引っ張らないからな。


 コトリさんは崩山の方を振り向くと、


「ええ、ワープです。それではお先に失礼します」


 にっこり笑って再び背を向けた。

 とっさのウソ、というよりも会話を拒絶するための仕草。


 崩山も彼女の言葉を信じてはいない。ただ、忌々しげに舌打ちをする。

 執拗に絡んでこないのは、彼女の冷たい笑顔に気圧されたからか。


「待て待て待て。どうやったのかは、まあいい。二人で階層ボス……何が出たのかは知らんが、討伐に成功しているのも大したものだ。立派、立派。ハッハッハッハッハ!」


〇「大したものだ」って言った? 言ったよね?

〇ツンツンから突然のデレ

〇わたしこういうの無理

〇いじめっ子ムーブしてたヤツに急に褒められると警戒度が上がる件


 崩山の言葉がまるで聞こえていないかのように、コトリさんはまっすぐ階層ゲートへと歩みを進める。存在をガン無視だ。


 俺だって崩山のことは嫌いだけど、二人はプロハンター同士だし、本部と支部の違いはあっても連盟に所属する仲間のハズだ。さらに向こうの方が先輩であることを考えると……、さすがに不安になってきた。


「あの、いいんすか?」

「なにがですか? さあ、先に進みま――」

「――それでもっ!!!」


 崩山を無視して進もうとする彼女と、隣にいる俺の背中を、一際大きく張った崩山の声が引き留める。


「この先に進むのは止めておけ。新人にはまだ早い」


 コトリさんの足が止まった。

 具体的には崩山が『新人には』と口にしたあたりで、ピタリと動きが止まった。

 振り向くと、いつものように他人をバカにした笑い顔ではなく真面目な表情をした崩山がいた。


「別に深層に行くのが早いって言ってるんじゃねえ。今はちょっとタイミングが悪いってだけだ」


〇クズ山どうした?

〇突然のシリアスモードについていけない

〇真面目な顔をしてればクズ山もそれなりに

〇それはない


「ここにダンジョン連続襲撃犯がいるかもしれねえ」

「ダンジョン連続襲撃犯?」


 崩山は初めて会ったときもそんなことを言っていた。

 あのときは崩山のことがムカついて仕方なかったし、言い捨てていなくなったから特に掘り下げて確認もしなかったんだけど、なんのことだろうか。


〇もしかして、お稲荷さまはダンジョン連続襲撃事件を知らない?

〇神様は下界のことになんか興味ないから

〇雲取山ダンジョン以外に興味がない説もありそう

〇事務所もダンジョン連続襲撃事件くらい教えといてやれよ

〇ほんそれ


 うわあ、どうやら視聴者はみんな知っているらしい。

 ニュースとかあんまり見ないし、新聞なんて当然取ってないからなあ。

 スマホで見れるネットニュースはたまに見るけど、そんな事件が起こっていたとは知らなかった。


「お前……、マジで知らねえのかよ」

「はあ。で、その犯人がこのダンジョンにいるってことすか?」

「かもしれねえ、っったんだ。いるとは言ってねえ」


〇いるかもしれねえ、いないかもしれねえ

〇それはどこのダンジョンも一緒だろ

〇あいつら日本全国どこにでも現れるからな


「クソッ。お前じゃ話にならねえ。おい、西海琴莉。お前なら理解わかるだろうが。生身の犯罪者はモンスターを相手にするのとは全然違う。プロになって二年目の新人の手に負えるような代物シロモンじゃねえんだよ」


 崩山の言うことは正論に聞こえた。

 俺はモンスター相手なら多少デカいヤツでも戦える自信がある。

 だけど、相手が人間となればそんな気持ちにはなれない。


 向け合うのは本物の刃なのだから。


 相手が犯罪者とはいえ、人殺しにはなりたくない。

 殺すつもりで剣を向けることも、できないと思う。


 コトリさんだってきっと同じだ。

 そう思って隣を見ると、


「どいつもこいつも。新人、新人ってバカにして」


 小さなつぶやきだった。いつものような敬語でもなかった。

 本人は言葉にしたつもりもなかったのかもしれない。けれど、隣にいた俺には聞こえてしまった。


「失礼ですけど、私は今日プライベートでここに来ています。ハンター連盟の西海琴莉ではなく、一人のプロハンターとして自己責任でダンジョンを攻略しにきているんです。同じハンター連盟に所属しているだとか、あなたの方がプロハンターとして先輩だとか、私がプロハンター二年目の新人だとか、そんなことは一切合切関係ありません。つまり、あなたにいちいち口出しされる筋合いはないってことです。ご理解頂けましたら、二度と私たちに付きまとわないでください。それではっ」


 息つく間もなくコトリさんに袖を引っ張られ、俺たちは深層へのゲートを潜った。小さく口を開けて固まったままの崩山を置いて。

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