接触事故
眼前へと迫るシーサーペンドラゴンの尻尾。
すっげえ太い。
幅四十センチくらいありそう。
大きめの丸太が迫ってくるような威圧感がある。
パーカーとジーンズの下に着こんだダンジョンスーツ程度じゃ、大した役にも立たなそうだ。
避けるしかない。
もう少し時間に余裕があれば
右手に装着している飛翔の腕輪。
この腕輪のパッシブスキルによって、俺の跳躍力は通常の三倍まで上がっている。
しかし今さら跳び上がったところで、胴にヒットする予定の尻尾が両脚にヒットするだけのこと。
いやまあ、胴にヒットするよりは脚にヒットした方が死ぬ確率は低いだろうけど。
そもそも痛い目に逢いたくないだよね。
と、ここまでゼロコンマ数秒。
刹那の思考の結果、俺はとっさに尻尾が迫ってくる方向と逆側に地面を蹴っていた。正確には真逆ではなく、やや斜めに向かって。
尻尾を振っての攻撃。
ということは、攻撃範囲はヤツの体を軸に扇型を描くことになる。
この範囲から外れるように跳べば攻撃は当たらないハズだ。
大きく飛び
狙い通りだ。
シーサーペンドラゴンの尻尾を華麗に避けた身体は、そのまま距離を取り続ける。
…………さて、どうしよう。ちょっと蹴る力が強すぎたかもしれない。
上に跳び上がったのなら、そのまま下に降りてくればいい。
じゃあ、斜め後方に跳んだときは?
そう。跳んだ方向に足を出して身体を支えなくちゃいけない。
しかし、水平方向に強く地面を蹴った俺の姿勢は、すっかり倒れてしまっていて、ほとんど地面と平行になってしまっていた。これでは足の出しようがない。
「キツネさん!!」
コトリさんの慌てた声が聞こえる。
俺の身に危険が及んでいる合図、たぶん後ろに壁とかあるんだろうなあ。
俺は顎を引いて両手を頭の後ろに回し、耐衝撃姿勢を取った。
やだなあ。痛いだろうなあ。なんて考えながら、激突の瞬間に向けて心の準備。
すぐに、何かにぶつかる感触がした。
しかしそれは、事前の予想を裏切り岸壁のような硬質なものではなかった。
いや、どちらかといえば柔らかい。
頭の後ろに回していた手であたりを探ってみると、手の内側にふにゃりとした感触が……。
「あっ……。あの、立てますか? キツネさん」
すぐ近くで聞こえたコトリさんの声。
顔を上げると、目と鼻の先にピンク色のウサギの顔があった。
「うわっ、す、すみません!!」
慌てて立ち上がる。
どうやら、俺とダンジョン壁の間にコトリさんが挟まって、クッションになってくれたらしい。
さっき触れた柔らかい部位がどこだったのか、はもう
きっと、お腹だ。うん、そうに違いない。
念のために補足しておくが、「お腹だったら触ってもいいだろ」なんてことを言うつもりは毛頭ない。下心は無かったのだということを伝えたいだけだ。本当だ、信じて欲しい。
〇俺のコトリに何しやがる! このクソキツネ!!
〇お稲荷さまってば、えーーろーーーい
〇あれ、揉んだ? 揉んだよね?
〇セクハラはダメ絶対
アームモニターに映っているコメント欄をちらっと見たら、そっ閉じしたくなるような燃え方をしていた。残念ながら、俺の身の潔白は全然信じて貰えていない。
もちろん中には『不慮の事故だろ』『仲間をカバーするのは当然』といった援護のコメントもあるのだが、その十倍くらいある大量のアンチコメントに押し流されてしまっている。
『プロハンターの
音無さんの忠告を思い出すも、時すでに遅し。
必要以上に仲良くしたつもりはないけれど、どう弁明したところでコメント欄を沈静化できる気がしない。なにより――、
「ルオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ンッ!!!」
今は弁明どころではない。
シーサーペンドラゴンの鳴き声、もとい
仕切り直してもう一本。
といっても、さっきに比べれば腕を一本失っている分だけ楽だ。
コトリさんとのスイッチによって、間もなくもう一本の腕も切り飛ばした俺たちは、炎と毒液とたまに飛んでくる尻尾を避けながら難なくシーサーペンドラゴンの討伐に成功した。
〇【¥10,000 ファイトマネーだよ】
〇【¥3,000 祝・下層の階層ボス撃破!!】
〇ついに下層を突破したぞ
〇初めてのダンジョンで即深層とか、さすがお稲荷さまとしか
〇さっきのセクハラ忘れてないからな
〇当然のようにアイテムもドロップしてるし
〇片手剣っぽい?
〇鑑定はしないのかな
〇まだ配信続くからな、鑑定は後回しになりそう
シーサーペンドラゴンを倒したことで、コメント欄は祝福コメントで満たされていった。まださっきの『接触事故』を非難するコメントも出てくるものの、今度はアンチコメントの方が大量の祝福コメントに押し流されていった。
「ご祝儀あざっすー! ドロップアイテムは剣っすね。ちょっと重いけど
「あっ、えっと、その。皆様、応援ありがとうございましたっ!」
ドロップした魔石とアイテムをドローンのカメラへと向け、視聴者に勝利報告をしていると、後ろから聞きたくない声が聞こえてきた。
「ハッハッハッ! どういうイカサマだこりゃ?」
プロハンター・崩山順一郎。
あの顔面総ピアスの嫌な野郎が、俺たちのすぐ近くに立っていた。
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