銃口

シーサーペンドラゴン


 出発して約二時間、俺たちは下層の攻略を終えようとしていた。

 構造が変化するダンジョンということもあってか、ダンジョン自体の広さは小規模な部類なのだそうだ。

 とはいっても、マップデータを持たない手探りでの探索でこのスピードは異常だとコトリさんも驚いていた。


 勘で選んだルートはどれも下の階層へと続いていたし、コトリさんのおかげで罠にかかって時間を取られなかったのが大きい。



「ルオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ン」


 一際大きなモンスターの鳴き声に空気が震える。

 下層の攻略が終わる――それは階層ボスとの戦いの始まりを意味していた。


 深層への入り口を守る、シーサーペンドラゴンの咆哮が地面を揺らす。


 ドラゴン種の頭部にヘビ種の胴、頭部からは炎と毒液を吐き、胴から生えた二本の腕にブレードを持つ、外見に凶暴性があふれ出したモンスターだ。


 鎌首をもたげた状態でおよそ二メートルちょっと。全長はその三倍くらいとサイズも大きい。それでもケツアゴアトルの威圧感に比べればマシである。


 コトリさんは過去に討伐経験があるそうで、攻略法については事前に教えて貰っている。


〇シーサーペンドラゴンすげえ、映像でも迫力あるな

〇下層までとはモンスターの格が違う気がする

〇見てるだけで心臓がバクバクしてるんだが

〇【¥3,000 観戦料】

〇え? 本当にこれに勝てるの?

〇ヘビでドラゴンで武器持ちってズルくね?

〇なにげにお稲荷さまって深層初挑戦なんだよな

〇【¥10,000 階層ボス討伐祈願!】


 いつもならスパチャのお礼をしているところだが、残念ながら階層ボスを前にしていてはそんな余裕もない。


 まずは敵の急所を狙ってゴールドダガーを投げる。

 一本、二本、三本。

 半年間の雲取山くもとりやまダンジョン攻略で数は十分にある。


 もちろん、これで倒せるとは思っていない。


 上層や中層では蛇腹石やゴールドダガーを投げていれば瞬殺できていたモンスターたちも、下層ともなると、投擲武器を武器やら角やらで弾いてしまうやつらが出現しはじめた。


 ましてや、いま相手にしているのは深層へのゲートの番人。

 案の定、シーサーペンドラゴンは構えたブレードで事もなげにゴールドダガーをパリィ弾き飛ばした。

 だが、注意を向けてくれればそれで十分。ダガーはオトリだ。


 ゴールドダガーをパリィした隙を狙って、一気に距離を詰める。


〇おおおおっ! いけ! いけええ!!

〇もしかして瞬殺しちゃう?

〇さすがに無理でしょ

〇ってか、あんな剣じゃシーサーペンドラゴンの鱗に弾かれるだけだし

牛魔ぎゅうまつちでボディを潰した方が早くないか


「まずは腕っす!」


 パリィによって伸びたシーサーペンドラゴンの腕を狙って金糸刀を横に滑らせる。

 鱗の流れに逆らって奔る剣戟。ゾリゾリとした手応えが腕に伝わってくる。


 切り落とすのではなく、削ぎ落とす。

 鱗を持つタイプのモンスターと剣で戦うときの基本なのだそうだ。

 プロハンターを養成する学校を出ているコトリさんは、俺なんかの何倍も戦い方というものを知っていた。


 コメント欄にもあったように、牛魔の槌のようなハンマー系の武器で潰してしまうのも戦い方のひとつ。俺にもっと体力と腕力があれば、それも選択肢に入っていただろう。

 が、俺には土台無理な話。あんなクソ重たい武器を持ってドタドタ走ったら、距離を詰める前に尻尾でぶっ飛ばされるか、炎に焼かれてしまう。


 それはさておき。

 おそらくは何枚か鱗が剥がれたであろう腕。

 それとは逆の腕が、俺に向けてブレードを振り下ろしてくる。


スイッチ交代!」

「はい!」


 後ろに飛び退すさる俺に代わって、少し後ろに控えていたコトリさんが前に出てきた。手に持った黒剣を目の前で一振り、二振り。黒い衝撃破がシーサーペンドラゴンを襲う。


〇なにこの武器!?

〇なんか黒いの出たように見えたんだが、見間違いか?

〇俺も見た

〇俺も

〇もしかして (*'▽')つ【レジェンダリーアイテム】

〇もしかしなくてもそうだろうよ


「ルオ゙オ゙オ゙」


 両手に構えたブレードをクロスして、シーサーペンドラゴンが衝撃波を受け止めた。


「やあああああ!!」


 そこに飛び込んだコトリさんが、黒剣を下から上へと斬り上げる。

 黒剣は大きく弧を描き、同時にブレードを持った腕が宙に舞った。


〇すげええええええ!!

〇腕がぶっとんだ

〇コトリちゃん怪力すぎ

〇少なくともお稲荷さまよりは力持ちだよね

〇お稲荷さまじゃあの黒い剣も振れないって


 そのとおり。俺が持ってても宝の持ち腐れなんだよね。

 事務所に渡して売り払っちゃっても良かったけど、コトリさんが使ってくれるならそれが一番イイ。


「まず一本!」

「ナイスっす、コトリさん」


 さっき俺が削いだ鱗の下。

 守りを失い弱点となった場所を狙った一撃が、シーサーペンドラゴンの片腕を見事に斬り飛ばしたのだ。


「ルオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ンッ!!」


 悲鳴のような高い鳴き声を発し、シーサーペンドラゴンの尻尾が地面を打つ。

 シーサーペンドラゴンが頭を一度引き、炎を吐き出す。


「スイッチ!」

「了解っす!」


 炎をかわしながら後ろに下がったコトリさんに代わって、今度は俺が前にでる。

 腕につけたメタモルフィックロックシールドで炎を防ぐ。

 このクソ長い名前の小盾こだては、雲取山ダンジョンの中層に出現する『シーコボルド』がドロップした。炎熱耐性を持つ変成岩でできているため、炎を吐くモンスターに有効だ。


「キツネさんっ、左です!」


 背後からコトリさんの声。

 慌てて視線を左に向けると、シーサーペンドラゴンの太い尻尾が間近に迫っていた。


 どうやらこっち炎はオトリで、尻尾が本命だったらしい。

 ついさっき自分たちも同じことをやったのに、やられたときには案外気づかないものだ。

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