崩山順一郎
声を掛けてきた男は、見るからに怪しい男だった。
アッシュグレーの髪を結いあげ、サイドを刈り込んだドレッドヘア。
耳、鼻、唇。十を超えるピアスが顔を埋め尽くす。
「つか、なんだお前、その格好は。パーカーにジーンズってダンジョン舐めてんのかよ。ハッハッハッハッハッハ! …………怪しい奴だな」
急に笑い出したかと思えば、一転して胡乱な目で俺を見る。
お前にだけは『怪しいヤツラだ』なんて言われたくない。
「俺は別に怪しくなんか――」
「ハッハッハッハッ! 自分から『私は怪しいです』なんて言う悪党がいるかよ」
それを言ってしまったら、誰だって怪しいってことになるだろ。
魔女狩りじゃないんだから。
怪しくないことを証明しろ、とは典型的な悪魔の証明である。
〇なんだなんだ?
〇モメてんのか?
〇ドレッドピアスの ヤンキーが しょうぶを しかけてきた!
〇怪しさはどっちもいい勝負
横目でアームモニターを見ると、コメント欄はこのアクシデントを楽しんでいるようだ。フワフワと無音で浮いているドローンは、良いアングルを探して移動している。
「腑に落ちねぇって顔しやがって。どうせ『そんなの悪魔の証明じゃないかあぁぁぁ~~~』とか思ってんだろ。図星か? ハッハッハッハッハッハッ!」
男はわざと変な顔をして、悪意のあるモノマネモドキをする。
自分をイケてると勘違いした男子高校生が、自分よりヒエラルキーが下の人間をからかうときにやるアレだ。
「俺はダンジョンライバーで。いま、ライブ配信中なんすよ」
「ハッハッハッハッハッハッ! 配信って。お面で顔を隠してるようなダセェ奴がなに言って…………ん? キツネのお面で、配信者……?」
なにかに気づいた顔で、男が細い目を見開いた。
〇おっ、気づいたか?
〇キツネのお面の配信者といえば?
〇お稲荷さまを知らないわけがない
〇どうかなー、最近はトレンドになることもないし
〇オワコンとか言われるし
〇再生回数も右肩下がりだし
〇しゃべりも別に上手くないし
〇企画力は足りないし
〇遠征はしないし
匿名だからって調子に乗りやがって。
ここぞとばかりに文句を並べ立ててくるじゃねえか。
どれも正論で、なに一つ反論できねえよ。クソ!
「ハッハッハッ! わかったぞ。お前、『お稲荷さま』のファンだろ!?」
「………………は?」
「あんなオワコンにまだファンとかいたのかよ。わざわざ似たようなお面まで被って……。ああっ、もしかしてこれがコスプレってやつか? ハッハッハッハッハッハッ! ウケるな、お前」
こっちは全然
延々とバカにしてくるし、人をオワコン呼ばわりしたあげく、出した答えが『コスプレしているファン』ってどういうことだよ。そこは別にお稲荷さま本人でいいだろ。
「キツネさーん? なにかありましたか?」
メタルヤドカリを追い込むために、少し離れたところにいたコトリさんが、こちらの異変に気づいて近寄ってきた。
「お前、女連れでダンジョンなんか来てんのかよ。生意気だな。……ってお前、女にもコスプレさせてんのかよ。変態じゃねえか。ハッハッハッハッハッハッ!」
嘲笑を隠そうともしない男と俺を見比べ、 剣呑な空気を察したらしきコトリさんは、ゆっくりと俺と男のあいだに立った。
「どうした? 彼氏をバカにされてオコプンか? ハッハッハッハッ!」
変わらぬ調子でコトリさんまでバカにする男に、俺は一歩前に出る。
もう流石にぶん殴ってもいいだろ、コイツ。
法が許さなくても、俺が許す。
とはいえ一応、ドローンの録画機能は停止しておいた方がいいか。
などと考えていると、コトリさんは半身で俺の方を向き、右手で『下がっていて』というジェスチャー。そのまま男の方へと向き直した。
「私はハンター連盟本部所属のプロハンター、
コトリさんは静かに抑えた声色で、極めて事務的に要件を述べると、懐から運転免許証のようなものを取り出して男に突きつけた。
ダンジョン法、というのはよくわからないけど、どうやらプロハンター同士で身分の双方開示を求めることができるらしい。
「ハッハッハッハッ! アンタのことは知ってるぞ? 史上初の、高専在学中にプロ試験に合格した女だろ。なんだ、なんだ。最近は名前を聞かねえと思ったら、オタクのダンジョンライバーを引率して小遣い稼ぎか? 情けねえなあ」
ウサギのお面の正体がコトリさんだと知っても、男は一向に態度を改める様子はない。しかし、コトリさんも負けてはいない。
「再通告です。あなたがプロハンターであれば所属の開示を求めます」
相手の煽りを無視し、淡々と要件のみを伝える。
俺のそばをフワフワと浮くドローンほど大きくはないが、彼女の服についた記録用のカメラがこの場の一切を記録していることだろう。
「ハッハッハッハッ! 怖えぇ、怖えぇ。わーったよ。俺はハンター連盟静岡支部所属の崩山、
崩山もコトリさんと同じく運転免許証のようなものを見せた。
ハンターIDというらしい。そこに書かれている情報が、崩山の言葉と相違ないことを確認したコトリさんは、静かに頷く。
「ハッハッハッハッ! これで満足か? お互いに怪しくないってことが証明できて良かったな。お・い・な・り・さ・ま」
「……………………」
俺は意志を持って黙る。
コトリさんが毅然とした態度で正しい対応をした結果が今だ。
俺が相手の挑発に乗っては、コトリさんに申し訳ない。
「なんだ、だんまりか。まあ、いい。お前らなんかに構ってるヒマはねえんだ。俺は忙しいからな」
「そうですか。それでは、良い探索を」
そう別れの挨拶を口にしたコトリさんの声は、凍えそうなほど冷たかった。
『さっさとアッチへ行け』をオブラートで包みまくったらこうなった的な。
背を向けた崩山が、「ああ、そうだ」と不意にこちらを振り向いて何かを投げた。
タマゴ型でスイッチがついた機械だ。
オモチャみたいでちょっと可愛い。
「もし、ダンジョン連続襲撃犯を見つけたらそれを押して俺を呼べ。二年目のクソ新人が無謀なマネして逃がしたら……俺がテメェをぶっ殺すからな」
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