メタルヤドカリ


「はやっ! えっ!? 気持ちわるっ!!」


 コトリさんが指さした方向を見ると、銀色のヤドカリがいた。

 いや、さっきまでいた。


 見つけたと思ったら、凄まじいスピードで逃げてしまった。

 ハサミを天井に向けたまま、四本の脚をカサカサ動かして走っていく気色の悪さは筆舌に尽くしがたい。


「ああぁ。逃げちゃいましたね」


〇あれって、メタルヤドカリだよな

〇だな。超レアモンスターだ

〇逃がしたのはもったいなかったね

〇確か、めっちゃ濃い色の魔石を落とすんだよな

〇前にほかのチャンネルで配信してたけど、ちっさな魔石が300万で売れてたぞ


「さんびゃくっ!?」


 アームモニターに表示されるコメントを見て、思わず声が裏返ってしまった。

 下層のモンスターでも魔石の売却額はそんなに高くはない。

 良質な魔石でも数十万円、それも前半といったところ。


「300万ですか、珍しいですね」

「そ、そうですよね」

「ええ。ずいぶんと。きっと、まだ幼体だったんですね」

「やすっ!?」


 俺は『珍しい』という彼女の言葉に、すっかり逆の予想をしていた。

 まさか、あの銀色のヤドカリ一匹がそんな大金に化けるだなんて。


 さっきのメタルヤドカリは結構大きかったと思う。

 成体のサイズと幼体のサイズがどれくらいなのかわからないけど、動物でいうと鹿くらいあった。


「なんか……そんなスゴいモンスターを逃がしてしまって、すみません」

「いえいえ。そういうモンスターなので、仕方ありませんし――あっ、キツネさん後ろっ!」


 振り向くと、大きなハサミを振り上げたメタルヤドカリが俺の方に飛び掛かってきたところだった。


「うおっ」


 条件反射で金糸刀を抜くと、背後から「あっ、待ってください」とコトリさんの声。さっきの罠のときも思ったけど、そんなことを急に言われても、人の体は急停止するようにはできていないんだよ。


 振りぬいた刀身で勢いのままに斬りつけると、ギィィンと高い音が響いた。

 と同時に、右手に強い痺れが広がっていく。


「かってええぇぇぇぇぇ!!」


 まるで鉄塊でも斬りつけたかのような衝撃。

 数カ月前、雲取山くもとりやまダンジョンでケツアゴアトルを斬ったときを思い出す。


〇メタルヤドカリを剣で斬るとかwwww

〇ハンマーで潰すのが定石だぞ

〇コウサギちゃんはいつも止めるのが遅い

〇わざとかもしれんwwww


「わ、わざとじゃないですからっ。本当に!」


 コメントを見たコトリさんが、体の前で両手を振って無実を主張する。

 別に草が生えたコメントを鵜呑みにするつもりはないし、コトリさんはそんな人ではないと信じている。……信じてるよ? 信じてるからね?


 俺が痺れた手を振っている間に、メタルヤドカリはさっさと逃げてしまった。

 これで二匹も逃したことになる。


 こんな短いスパンで二匹も。

 コメント欄では『超レアモンスター』なんて書かれていたのに。


「えーっと、つまりこのダンジョンはですね。レアモンスターのメタルヤドカリが高確率で出現するダンジョンなんです!!」


〇888888888

〇【¥8,000 ダンジョンの解説をがんばったウサギさんに】

〇なにげにスゴくない?

〇倒すのは大変だけど、倒せばめっちゃ儲かるやつ

〇ギャンブラーの血が騒ぐぜ

〇↑どんなに血が騒いでも、俺たちは参加できないけどな

〇コウサギちゃんが倒し方も教えてたら、すでに一匹倒せていた可能性


「えっ、これスパチャですよね。私に? いいんですか!? ありがとうございます!!」


 沸き立つコメント欄と一緒に俺も拍手をする。

 高濃度の魔石を落とすレアモンスター、高確率で出現するといっても倒すには相応の実力が必要。有象無象のハンターなんぞ、何人も招き入れても無駄ということか。


 ああ、背中にイヤな汗が流れる。

 これで俺がメタルヤドカリを倒せなかったら、それはつまり俺も有象無象のザコハンターということになるんじゃないか?


 別に『わあ、凄い、かっこいい』とか思われたいわけではない。

 ただ、チャンネルの視聴者が減少している今、さらに評価を下げるような事態は避けた方がいいだろう。そんなことになったら――、


『あー、あー。潜木くん聞こえる? ここでメタルヤドカリを倒しまくって、魔石と一緒に視聴者も拾ってきてね』


 ほらきたよ。音無さんからの雄弁な圧力。


 さっきまでは倒し方を知らなかったから仕方ない。

 でも、もう俺は倒し方を知ってしまった。

 ついさっき見た、『ハンマーで潰すのが定石だぞ』というコメントを思い出し、小さなため息が口からこぼれた。


「……うっす。じゃあ、やりますか」


 俺はたっぷり収納DXナップサックから、どう見ても容れモノより大きなハンマーを取り出した。雲取山ダンジョンの中層に出現するモンスター、バイクソンがドロップしたアイテムで牛魔ぎゅうまつちという。


 当たれば必ずクリティカルヒット、敵の防御力を無視したダメージを与えるという攻撃力マシマシの武器だが、命中率は10%というギャンブル性の高さが欠点。


 10回のうち9回も攻撃を外すクセの強い武器だが、俺が使えばちょっと事情が変わってくる。


「そっち、行きましたよ。キツネさん!」

「りょーかいっす!」


 コトリさんに追い立てられたメタルヤドカリを、逃げてきた先で待ち構えるのが俺の役目だ。俺の固有スキルは『確率を飛躍的に上昇させる』というもの、それも『確率破壊』と呼ばれるほどの。命中率10%もあれば、それは百発百中と同義。


「せーの。よいしょっ!!」


 振り下ろした牛魔の槌は、命中率10%という低確率を無視して、吸い込まれるようにメタルヤドカリへと直撃した。パンッと弾ける音と、堅いモノを潰した手ごたえが両手に伝わってくる。


 槌の打撃面が地面へと到達し、凄まじい衝突音が響いた。

 地面も少し揺れている気がする。


「んっしょ」


 重たい槌を持ち上げると、そこには黒と呼んでも差し支えないほど濃い色をした魔石と、銀色のコインが落ちていた。

 メタルヤドカリのドロップアイテムだ。

 ドロップ率もほぼ100%である俺にとっては、そして俺の配信をいつも見てくれている視聴者にとっては、見慣れたいつもの光景だが、


「ハッハッハッ! メタルヤドカリのドロップアイテムとかバカヅキじゃねえか」


 どこかから、知らない男の声が聞こえた。

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