不思議のダンジョン


「実はこのダンジョン、マップが無いんです」

「地図が無い? 調査が終わってないってことすか?」


 雲取山くもとりやまダンジョンではいつも、アームモニターにマップを表示しながらダンジョンを探索していた。マップ無しでの探索は初めての経験だ。


 ダンジョンの構造は複雑だ。

 気軽に中層やら下層を目指せているのは、マップデータがあるからに他ならない。


 ダンジョンが発生したときには必ず調査が行われる。

 調査が終わってさえいれば、そこでマッピングされたデータがあるはずだ。

 いや終わっていなくとも、未完成のマッピングデータくらいはあるだろう。


「調査は終わってますよ。でもマップはないんです」

「…………ちょっと何をおっしゃっているのか」


〇わからんよな

〇オレもお稲荷さまと同じ気持ちよ

〇マップを独り占めしているやつがいるとか

〇クローズドダンジョンだしな、ありえる

〇マップデータってめっちゃ貴重な情報だしね


「と、コメント欄からは意見が出てるっすけど」

「あはははっ。そんな意地悪はしないですよ。というか、できないですね。調査に入っているのはハンター連盟本部の人たちですから、連盟にマップデータを提出する義務があるんです」

「なるほど。ということは、マップデータは提出されてるってことっすね」

「あっ」


 ちょっと喋りすぎてしまった、とコトリさんが両手で兎面の口をふさぐ。


〇マップデータはあるけど、マップがない

〇なぞなぞかよ

〇マップデータはあるけど、使えないってことじゃ?

〇マップデータが役に立たない?

〇あっ、オレわかったかも

〇ローグライク的なことか


「ああっ! もしかして、ダンジョンの構造が変わるんすか?」

「ピンポン、ピンポーン! 大正解ですっ。もちろん、ゲームみたいに『入る度に構造が全然違う』ってことはないんですけど、昨日まであったはずの道が消えていたり、道が増えていたり。少しずつ形を変えるダンジョンなんですねえ」

「それは……。マップデータなんか役に立たないっすね」


 毎日同じダンジョンに入るわけでもなし。

 探索にくる度にダンジョンの構造がすっかり変わってしまうじゃなあ。


〇リアル不思議のダンジョン

〇超おもしろそーじゃん! 行ってみてえ

〇アームモニターでオートマッピングはできるんでしょ

〇いやいやいや、ダンジョンなめんな。普通に遭難するぞ

〇ゲームも空腹で倒れるくらいだしな

〇現実は倒れてもダンジョンの外に出して貰えないんだよ?

〇だから俺たちはこうやって配信を見るわけだ


「それから――あっ、キツネさん止まってください!」

「え?」


 そんなことを急に言われても、人の体は急停止するようにはできていない。


 踏み出した足が地面に接した瞬間。かちりと嫌な感触が伝わってきた。

 これまでのゴツゴツした岩場のような地面とは違う、スイッチのようなものを踏んでしまった。


 同時に身体が背中の方に強く引っ張られて、思わず地面に尻もちをついた。

 顔の五十センチメートルくらい前を、赤く燃え盛る炎がはしる。


「あっづっ!!」


 横の壁から噴き出した炎は、さっきまで俺が立っていた場所を煌々と照らしていた。


〇あっぶな

〇火炎放射の罠?

〇油の量が多すぎませんかね

〇そっか、マップがないから罠の位置もわかんないのか

〇やっぱ行きたくねえ


「ダンジョンが形を変えると、罠も場所が変わったり、新しい罠ができてたりするんです。プロハンターでも罠でケガして帰ってくる人が結構いるくらいですから」

「オープンダンジョンにできない理由、身をもって理解したっす」


 オープンダンジョンは、原則として誰でも入ることができる。

 もちろん中でケガをしようが命を落とそうが自己責任、ということにはなっているのだが、あまりにも被害が多いようだと『自己責任ですから』では済まなくなってしまうのが世の常だ。


 今だって、もしコトリさんが背中を引っ張ってくれなかったら、俺は大ヤケドを負っていただろうし、もはや配信どころではなかったに違いない。


「それにしても、ウサギさんは凄いっすね。地面にスイッチがあるなんて全然気づけなかったっすよ」

「こういうのが得意なんですよ。なので、このダンジョンのエスコートは私にお任せください」


〇コウサギちゃんやるなあ

〇↑採用

〇さすがはプロハンター、面目躍如ってところだな

〇クローズドダンジョンにはクローズドな理由がちゃんとあるんだな

〇既得権益派に聞かせてやりたい

〇それはそれで、なんか理由つけて騒ぐだけだろ

〇まちがいない

〇それよりさ、さっきからモンスターが出てこなくね?

〇ほんとだ。こんなんでちゃんと稼げんのかよ


「あ、モンスターが少ないのは俺も気になってたんすよ」


 配信を始める前に魚人タイプのモンスターを倒して以来、一度もモンスターに遭遇していない。このままじゃ本当に水族館(但し、罠が多数仕掛けられているものとする)を歩いているだけの配信になってしまう。


「ここのダンジョン、モンスターの出現率は低いんですよ」

「え? でも、このダンジョンって――」


〇モンスターが少ないってどういうことだってばよ

〇おいおい魔石も取れないんじゃ話が違ってくるぞお

〇消滅させるよりも資源を採集する方が有益、とか言ってなかったっけ?

〇これは詳しい説明が欲しいところですね

〇↑オマエ誰だよ


 俺が指摘をするよりも早く、コメント欄がザワザワしはじめた。

 当たり前だ。ここはお台場という有名商業地のすぐ近くにある危険なダンジョン、存在していることに相応のメリットが無ければ筋が通らない。――という話をほんの数分前にしたばかりなのだから。


「それについては……あっ、ちょうど良いところに! キツネさん、右斜め前方を見てください」


 そこには一匹のヤドカリがいた。

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