憧れの人の背中
「おおおおおぉぉぉぉぉっりゃ!!」
パンッとメタルヤドカリが弾ける音。この感覚がちょっとクセになってきた。
これで何匹目だろうか。
「キツネさーん。つぎ、行きますっ!」
「……ッ、死ねえええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
コトリさんが追い込んでくれたメタルヤドカリを、ただただハンマーで潰していくだけの簡単なお仕事だ。工場にあるベルトコンベアの前に立っている気分。
簡単なお仕事。しかしそれは、単調という意味であって楽なわけではない。
〇ストレスマッハじゃん
〇完全にチー牛扱いされてたもんね
〇あんなドレッドヘアに顔面総ピアスのヤンキーと比べられたら誰でもチー牛だわ
〇八つ当たりされてるヤドカリが可哀相
〇このキツネ、プチプチを潰すみたいにメタルヤドカリ潰すからな
〇あのハンマーずっと使えばいいのに
〇いやあ、それはムリだろ
〇お稲荷さま、もうバテバテだもんな
「…………ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
そう。正直もうしんどい。この武器は俺の手に余る。
崩山への怒りのパワーで振り回していたけど、実はメチャクチャ重い。
息は切れているし、このクソデカハンマーを持ち上げるのもしんどい。
大きく息を吐いて、崩れるように地面に座り込むと、そこに人影が重なった。
「少し、休憩しましょうか?」
見上げると薄いピンク色が目に飛び込んでくる。
もちろんウサギのお面のことだ。
俺の様子を見にきてくれたらしい。
「……さっきはごめんなさい」
横に座りながら、コトリさんが申し訳なさそうにつぶやく。
なんのことか……、と考えるまでもない。
きっと崩山のことだろう。
崩山はハンター連盟に所属しているプロハンターだ。
言わば、あの
「いやっ、全然気にしてないっす。……いや、気にしてないことはないか。でも、コト、……ウサギさんのせいじゃないっすから」
「別にコトリでも大丈夫ですよ。正体はとっくにバラしちゃいましたし。…………ああいう人はほんの一部、って言えたらどんなに良かったか。残念なことに結構いるんですよねえ」
コトリさんは、小さなため息と共に首を横に振る。
「強い奴が偉い、実績を上げた奴が偉い。そんな場所ではどうしたって人格が二の次、三の次にされちゃうんですよ」
「…………イヤな場所っすね。地獄じゃないすか」
野生の王国、脳筋・ザ・ワールド。
この半年ほどの間に、ほんの少しだけ俺の心の隅っこに芽吹いていた、プロハンターという進路が音もなく崩れ去った瞬間であった。
不意に、死んでしまった父親のことを思い出した。
そんな修羅の国みたいなところで働いていたなんて、あの頃は考えもしなかった。
「コトリさんは、どうしてプロハンターになったんすか?」
彼女は中学を卒業してすぐ、プロハンターになるための学校に進んだと聞いた。
どうしてそんなに早くから自身の進む路を決めることができたのか、大学生になってもいまだに進路が見えない俺の、素朴な疑問。
「……憧れの人がいたから、です。その人みたいなプロハンターになりたいなって思って。よくある動機ですよね、つまらない理由ですみません」
「そんな――つまらなくなんてないっす」
よくある動機だからダメ、なんてことはない。
よくある動機だからつまらない、ということもない。
憧れの人の背中を追いかけて、か。まさに進路って感じでむしろ良い
コトリさんは少し遠くを見ながら、
「私が憧れたプロハンターは、すごく立派な人でした」
憧れの人との記憶を思い出しているようだった。
「強くて、格好良くて、優しくて」
そう嬉しそうに語るコトリさんの横顔は、まるで恋する乙女のように頬が紅潮していた。
「崩山とは正反対っすね」
すぐに人を煽るし、顔面総ピアスだし。
実力がどの程度かは知らないけれど。
『ふたりの世界で盛り上がってるところ悪いけど』
「うわっ!」
イヤホンに
何の前触れもなく話しかけられるのはすごく心臓に悪い。
『休憩は切り上げて、そろそろ先に進んで貰えないかな? キツネとウサギが座ったままの映像を流し続けるのはもう
そういえば配信中だったな。
コメント欄を見るのも忘れていた。
「あの、どうされました?」
隣に座っている男が突然、大きな声を出して驚いたのだ。
きっとコトリさんの方がビックリしたに違いない。
「あ、すみません。マネージャーから急に連絡が……。そろそろ先に進んだ方がよさそうっす」
俺はコトリさんにコメント欄を見せる。
〇さっさと先に進め
〇ただいま静止画でお送りしております
〇こいつら配信中ってこと忘れてんだろ
〇ダンジョン配信を見ていたと思ったら、いつの間にかキツネとウサギのツーショットタイムを見せられていた件について
〇メタルヤドカリもそろそろお腹いっぱい
〇女子に癒されてメンタル回復してんじゃねえよ
メタルヤドカリを狩るのもそろそろ飽きてきたところだ。
俺が飽きているくらいなら、見ている方はもっとだろう。
せっかく新しいダンジョンに連れてきて貰ったのだから、
「行けるところまで潜ってみたいっす」
「せっかくですから、最下層まで行ってみましょう」
そういうことになった。
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