ダンジョン犯罪対策チームへようこそ


西海にしうみ琴莉ことり、貴殿に『ハンター連盟本部 ダンジョン活動安全部 ダンジョン犯罪対策課』への配属を命ずる!!」

「はいっ!!」


 口まわりにたっぷりと髭を蓄えた、大柄な男性の声が大ホールに響き渡る。

 マイクも拡声器も使っていないのに空気が振動していた。


 ハンター連盟の理事である彼の名は、風頭かざがしら十兵衛じゅうべえ

 ダンジョンを消滅させた数は百を超え、国内のプロハンターでは最高記録保持者とされている。


 本音を言えば、私も彼のようにダンジョンを消滅させる部署に行きたかった。

 希望配属先は『ダンジョン攻略部 危険ダンジョン消滅課』で出していたのだけれど、新人の希望なんか聞いてもらえるハズもなく……。


 私はこの春から『ダンジョン活動安全部 ダンジョン犯罪対策課』で働くことが決まった。


 ちなみにプロハンターになって一年目の頃は『ダンジョン検査部 検査一課』に仮所属していた。一年目の新人は例外なく『検査一課』から『検査三課』のいずれかに所属することになっている。


 簡単にいえば、プロハンターとしての研修期間。

 研修が終わったあとは、ハンター連盟の地方支部に行く者や、ダンジョンビジネス系の企業にプロハンターとして就職する者など進路は様々だ。


 実を言うと、私も地元である福島県にあるハンター連盟の支部に行こうか迷った。

 けれど、プロとして一人前になるためには東京都にいるべきだと判断した。


 人口の多い都内では、人々の生活圏内にダンジョンが発生してしまう確率が高い。

 そういったダンジョンがバーストしてしまうと、数千数万の人的被害が発生しうるため、迅速にダンジョンを消滅させる必要があるのだ。


 ハンター連盟本部にある『ダンジョン攻略部 危険ダンジョン消滅課』は当然ながら年間のダンジョン消滅数も国内トップというわけだ。



 ………………うぅぅ。希望の部署に配属されなかった未練が隠せない。




「ダンジョン犯罪対策課へようこそ!」


 連盟本部の地下一階。

 資料室が並ぶエリアの一角にダンジョン犯罪対策課の部屋はあった。


 機密資料が保管されているエリアだからだろうか。

 ビルの入り口でかざしたセキュリティカードを、エレベーターでもかざし、さらにはフロアの入口にまでセキュリティゲートが設置されていた。


 ダンジョン検査部に行くときは、こんなに面倒じゃなかったのに。


 冷たい金属のドアノブを回してに中に入ると、色黒で身体の大きな男性がスゴい笑顔で出迎えてくれた。なんとなく中学校にいた体育教師みたいだなって思った。


「西海です! こ、これから、よろしくお願いします!!」

 

 同じダンジョン活動安全部の『モンスター討伐課』や『オープンダンジョン保安課』は地上十階の大きな部屋で席を並べているというのに……。


「もちろん知ってますよ。史上初、高専在学中にプロハンター試験に合格した才色兼備! あの有名なコトリちゃんが、犯罪対策課ハンタイに来てくれるなんて感激ですよ」

「あっ、ありがとう、ございます。えっと……」

「おっと、名乗るのを忘れてました! 僕は課長の紺屋こうやです。メンバーは僕の他に四人、みんな外に出ちゃってますけど。いやあ、少ないでしょ? プロハンターはもちろん、アマチュアにも記録用カメラの携帯が広まった頃からダンジョン犯罪はどんどん減少してますからね、この犯罪対策課ハンタイも人数がどんどん減ってしまって……これじゃ課っていうよりチームですよね。ダンジョン犯罪対策チーム。あっはっはっはっは!!」


 一人でものすごく喋るし、廊下まで響きそうな大声で笑う紺屋課長のテンションの高さに若干引き気味になりつつ、私も「そうなんですね」と相槌を打つ。ド新人の私には、まだ上司の自虐ネタを一緒に笑い飛ばせるほどの胆力はなかった。


「いやあ、しかし本当にコトリちゃんが来てくれて助かりました。ニュースでもやっているからご存じかと思いますが、年明けから連続して発生しているダンジョン襲撃、消滅事件。あれのせいでもうてんやわんやなんですよ」


 きっとそうなのだろう、と私は紺屋課長の顔を見て頷いた。

 目の下のクマはスゴいし、ちゃんと家に帰っているのか不安になるくらい服にシワが寄っているし、……あとなんかクサい。


「すみません。事情も知らない新人の単純な疑問なんですけど……」

「ん? なになに? いいですよ、なんでも聞いてください!」


 もしかしたら、このいちいちテンションが高いしゃべり方も徹夜明けハイなのかもしれない。それか、このテンションを維持していないと意識が飛んでしまうくらい限界が近いとか。だったら……、


「他部署から応援に来てもらうとか、捜査本部? みたいなものを立ち上げるとかしないんですか?」


 世間を騒がせている大事件を、たったの五人(私を入れても六人)で解決しようというのがそもそも無理なのではないだろうか。


「そうですよねえ。そう思いますよねえ。僕だってそうしたいのは山々なんですけどねえ。…………ねえ、コトリちゃん。ダンジョン活動安全部のフロアは十階なのに、なんで犯罪対策課うちだけ、こんな地下の奥の方に部屋があるか理解わかりますか?」


 日陰部署でつま弾きにされているから?

 なんてことを言えるわけもなく、私は「わかりません」と首を横に振る。


「去年までは僕らも十階にいたんですけどねえ」


 紺屋課長は腕を組みながらヒントを出してくれた。

 去年まではダンジョン活動安全部の他の課と同じところにいた。

 ということは当然、例の事件が起こってからココに移動させられた。


 ――いや、移動する必要があったんだ。

 紺屋課長の首に掛けられたセキュリティカードを見て、私にもようやく正解が見えてきた。


「情報の漏洩を防ぐため。……それも、このハンター連盟本部内への」


 私のつぶやきに、紺屋課長は「正解」とは言わずただニコリと笑った。

 どうやら彼は、ハンター連盟に裏切り者がいると考えているらしい。


 私は「大変なところに来てしまったぞ」と気後れするのと同じくらい、いやきっとそれ以上にワクワクしていた。

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