第二章

ダンジョン犯罪対策チームへようこそ

Prologue:世界を正し、人類を糾す


「忌まわしい……」


 男は周囲を見渡してつぶやいた。

 氷の天井、氷の壁、氷の床。

 まるで氷塊を掘って作ったようなダンジョン、その深層と呼ばれる階層に男はいた。


 この場にいるのは男を含めて三人、いずれも仮面で顔を隠している。

 彼らがやろうとしていることを考えると、正体がバレては都合が悪いからだ。


「もう着くわよ」


 男から少し離れた場所を歩いていた女が言った。

 大事を前に、冷えた空気が熱を帯びていく。


「はんっ、簡単すぎて拍子抜けだな」

「あたり前だ。そのためにこれまで準備を重ねてきたんだからな」


 仲間の軽口を諭しながら、男はここまでの艱難辛苦かんなんしんくに思いを馳せる。


 志を同じくする仲間たちと出会い、準備を重ねること五年。ついにここまで……。

 心臓が暴れる。呼吸が浅くなる。男は目的地を前にして大きく息を吸った。


 違う。『ここまで』ではない『ここから』だ。

 間違った方向へ進んでいる世界を、あるべき姿に戻すための戦い。

 その狼煙を上げるのだ。


「開けるわよ」


 女と目線が交わり、男はしっかり首を縦に振った。

 仲間の手によって静かに扉が開かれる。


 そこは小さな部屋になっていた。

 四方を氷の壁に囲まれた、六畳ほどの広さの部屋。


 その中央には天井と床から、それぞれ突き出した氷の台座。

 二つの台座に挟まれて、煌々と白い光を放つ球がひとつ。


「これが……ダンジョンコア、か。……忌まわしい」


 バスケットボールほどの大きさの光る球を、男は憎々しげに睨みつける。

 モンスターを生み出し、魔素を生み出し、そしてダンジョンバーストを引き起こす原因とされる忌まわしき球。

 ダンジョンを支える唯一の柱であり、これが砕かれればダンジョンは形と保つことはできなくなり消滅することになる。


「さっさとぶっ壊そうぜ」


 仲間が懐からダガーを取り出し、ダンジョンコアへと刃を向ける。

 その瞬間とき、ダンジョンコアが放っていた光の色が赤へと変わった。

 これ以上なく理解わかりやすい、警戒色。今にもサイレンが鳴りだしそうだ。


 間を置かず、壁からズルリと生えるようにモンスターが出てきた。

 敵意を向けられたダンジョンコアによる防衛反応といったところか。


 現れたのはミノタウロボロス。自らの脚部を噛んで飲み込み、円の形になった胴長の牛男が回転しながら飛んでくる。手に持った斧も一緒に回転しているため、どデカい円月輪のようだ。


 それにしても、ミノタウロスにウロボロスとはなんとも贅沢なモンスターである。


 突然のモンスター襲来にも男たちに動じる様子はない。


 彼らは、こういう事態になることも想定していた。

 様々なパターンのアクシデントにどう対応するか、特訓に特訓を重ねてきた成果である。モンスターが壁から生える程度で済んで良かったとさえ思っていた。


「ミノタウロボロスごときで、俺たちを止められるかよっ!」


 ダンジョンコアの方を向いていたダガーが流れるように投げ放たれ、ミノタウロボロスの眉間に勢いよく突き刺さった。

 高速回転する斧を抜けるどころか、モンスターの急所を正確に狙える実力。

 頭の中が軽そうなヤツだが、こと戦闘に関しては信頼するに足る人物だ。


 絶命したミノタウロボロスは溶けてなくなり、あとには魔石だけが残された。


 エネルギーが詰まった、この世界で最も注目されている資源。

 濃い灰色の魔石。大量のエネルギーが蓄積されているとひと目で理解る。


 恐らくは売却価格にして数十万円……もしかすると、百万円の大台を超える可能性もある。それくらい濃い色をしていた。


 しかし三人が三人とも、床に転がった魔石を拾おうとする素振りすら見せない。


 気づいていないわけではない。

 視線は魔石に注がれている。


 親の仇の顔でも見ているかのような視線が。


 大金をドブに捨てるような行為だが、それもまた彼らの戦いであった。


「おいおい、まだ出てくるぞ」


 続々と生えてくるモンスターを捌きながら、視線でダンジョンコアを破壊するよう訴えてくる。


「ああ」


 男は小さくつぶやくと、懐から拳銃のようなものを取り出した。

 一歩、一歩と拳銃を構えたままダンジョンコアに近づいていく。


 ここからでも恐らくは命中させられるだろう。

 だが、それでも男はダンジョンコアとの距離を詰めていく。


 銃口から攻撃対象までの距離は約30センチメートル。


世界セカイただし――」


 男が引き金を強く引く。

 銃声もしなければ、銃弾も飛び出さない。


 にもかかわらず、目の前にあるダンジョンコアには大きなヒビが入っていた。


「――人類ヒトただす」


 ヒビは一瞬にしてダンジョンコア全体へと広がっていき――――パンッと心地よい音と共に弾けて飛び散った。



 何も起きない。

 いや、モンスターは姿を消したか。


 ダンジョンコアを破壊したら、すぐにダンジョンが崩壊するものと思っていたのだが実際は静かなものである。


 トン。

 男は頭に何かが当たったような気がして手を伸ばした。

 

「氷?」


 小さな氷の欠片が頭に乗っていた。

 天井を見上げると、ぱらぱらと氷の欠片が降っているのが見えた。


 彫刻のようにキレイだった壁や床にも、少しずつひびが入っている。

 ダンジョンが少しずつ形を失っている。


「おい。さっさとこんなところ出ようぜ」

「……ああ」


 仲間に急かされ、男は小部屋をあとにする。

 これは、この世界を取り戻すための大きな一歩である。

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