閑話:初めてのダンジョン探索
ハンターとはダンジョンでモンスターを倒し、魔石を集める者たちの総称であり、プロハンターはこれに加えてダンジョンの管理や、ダンジョン災害への対応にあたる義務を負う。
一般には公開されていないシークレットダンジョンの探索権と引き換えに、自らの命を賭して人々を守る存在であることを常に自覚しなくてはならない。
…………などと、難しい顔をしてプロハンターの矜持を語るのはお偉方の仕事。
現場で活動しているプロハンターたちは、家族がいる者もいれば、独身貴族を貫いている者もいるし、筋トレが趣味という者もいれば、家でゲームをしているときが一番幸せだという者もいる。
ちょっと変わった仕事をしているだけの、どこにでもいる普通の人たちだ。
「あれ? 潜木さん、今日ってなんかありましたっけ?」
真比呂がダンジョンを歩いていると、顔見知りのプロハンターに声を掛けられた。
ここはモンスターの出現率が低く安全である反面、稼ぎが美味しくないダンジョンとして有名なところだ。つまり、仕事でもなければわざわざ訪れるような場所ではない。
声を掛けてきたプロハンター、
「いやいや。プライベートだから気にしないでくれ」
「そうですか……って、あっ」
真比呂が着ているロングコートのすき間から、ひょいっと顔を出した男の子を見て米山が声を上げた。
その子と真比呂の顔を見比べて、
「もしかして、潜木さんのお子さんですか?」
「他人の子供をダンジョンに連れてくるほど無責任じゃねえよ」
いかに危険度が低いとはいえダンジョンはダンジョン。
わずかでも命の危険、怪我をするリスクのある場所に
「自分の子でも普通は連れてこないですけどね」
「これはほら、社会科見学……いや、親の職場見学ってヤツだな」
このダンジョンはハンター連盟が保有する敷地内にある
わざわざそんなものを設定する必要がない、とも言えるが。
あまり堂々と連れて歩いては見咎められるかもしれないが、人の少ないタイミングを見計らってコッソリと連れていく分にはうるさく言う者はいない。全ては自己責任である。
「まあ、確かにココは見学向きのダンジョンですよね」
「そういうこと。ちゃんとダンジョンスーツも着せてるぞ」
比較的身長が高く、小学五年生で154センチの恵まれた体格を持った息子は、女性用のダンジョンスーツがぴったりフィット。使うことはないだろうが、念のためにハンターナイフも持たせてある。
合点がいったという表情を浮かべた米山が、笑顔を作って子供に話しかける。
「ねえ僕、お名前は?」
「お名前って……」
大人から見ればまだまだ子供、だが本人たちの意識はすでに大人への階段を上り始めている時期だ。あからさまに子ども扱いをすると機嫌を悪くする。
「…………
息子の翔真はぶっきらぼうに自分の名前を告げると、再びロングコートの裾の中へと姿を隠してしまった。
「あー、俺なんかやっちまいましたかね?」
「やっちまったなあ」
困り顔の米山だったが、それ以上構うような悪手はせず「それでは、お気をつけて」と言い残して去っていった。
「父さんのそばから離れるなよ」
まだ幼い翔真に言い聞かせ、時折り襲ってくるモンスターを迎撃する。
プロハンターである真比呂には、ダンジョンの上層に出てくるモンスターなど相手にならない。
どれも一刀のもとに切り捨てると、モンスターは床に溶けるように消えていく。
真比呂は、残された魔石を拾って翔真に見せた。
「これが魔石、エネルギーの塊だ。この国で使われている電気のほとんどはこの魔石を使って生み出されているんだ」
「ふーん。じゃあ、この石の中に電気が入ってるの?」
「ちょっと違うな。この石を燃料にして電気を作ってるんだ……わかるか?」
「……うん、わかった!」
絶対に
今は詳しい仕組みなんて知らなくてもいい。
そんなものは、そのうち授業で習うのだから。
真比呂が翔真に伝えたいのは、モンスターを倒して得た魔石によって自分たちが生活できていることと、そのために危険を冒してダンジョンに潜っている人たちがいるということだ。
農家の方がいなければお米や野菜は生まれないように、ハンターと呼ばれる人々がダンジョンでモンスターを倒さなければ電気を作ることはできない。
それが如何ともしがたい、この世界のエネルギー事情である。
「ふんっ!」
大きく振るった剣に弾かれ、モンスターは数十メートル宙を舞って壁に激突した。
そのまま床へと崩れ落ちたモンスターの身体はその場で消え、魔石も離れた場所に残される。
(しまった……。力加減を間違えた)
真比呂は魔石を取りに行こうと、翔真がいるはずの場所を見る。
だが、子供というものは時に親の予想しない行動に出るものだ。
「あっ! 電気の石だ!!」
嬉しそうな声を上げて駆け出した翔真は、あっという間に真比呂の横を通り抜け、一人で壁まで走っていってしまった。
「おいっ、一人で走るな。危ないぞ」
口ではそう言いながらも、真比呂は子供はこれくらい活発な方が良いなどと考えていた。ここがモンスター出現率の低いダンジョンだということで、有り体に言えば油断していた。
「お父さーん! ひろったよー!」
笑顔で手を振る翔真と、その背後に現れたモンスターが、同時に真比呂の視界に飛び込んできた。
「翔真! 危ないっ!!」
慌てて地面を強く蹴る。
一歩、二歩、三歩。
えっ、と後ろを振り向く我が子。
その頭に向かって、牙を剥いて飛び掛かるモンスター。
四歩、五歩、ダメだ、間に合わない。
「翔真! 腕を前に!!」
せめてダンジョンスーツで覆われている腕であれば、多少のケガはするだろうが致命傷になることはない。
その声に突き動かされるように、翔真が顔の前へと腕を出す。
顔を庇うように腕が十字にクロスされる、と同時にモンスターの頭も翔真の顔目前まで迫っている。
六歩、七歩、八歩。ガードは間に合ったのか。
悲鳴が上がらないのは、うまく防いだからなのか、それとも……。
九歩、十歩。
「翔真!!」
遅すぎる到着。
立ち尽くす我が子を、真比呂は背中から抱きしめた。
その瞬間。
目の前でモンスターの身体が空気に溶けるように消えていった。
「……え?」
交差した翔真の腕に握られたハンターナイフ。
翔真が腕を出したとき、あれは身を守ったのでなくナイフでモンスターを斬りつけていたらしい。
自身の身に危険が及んでいるときに、とっさに攻撃へと移れる人間が案外少ない。それも特殊な訓練を受けているわけでもない小学生ともなれば、尚更だ。
カランと乾いた音がした。それを合図にしたかのように、
「ゔあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ん」
堰を切ったように泣き出した我が子を抱きしめながら、真比呂は地面に転がったうす灰色の小さな石を拾い上げた。
それは翔真が初めてモンスターを倒して手に入れた魔石だった。
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