閑話

閑話:弔魂碑の前で


 電車は田園風景の中を走っていた。

 東京ダンジョン高等専門を卒業した西海にしうみ琴莉ことりは、約四カ月ぶりに福島県を訪れていた。


 ただし、今回の目的地は浜通りではなく会津だ。

 五年……いや、もう少しで六年になる、磐梯山ダンジョンのバーストで大きな被害を受けた猪苗代町に降り立った。


 三月とはいえ、このあたりはまだまだ寒い。

 冷たい風が身体を吹き抜けていく感覚に、琴莉は懐かしさを覚えた。


 ここは昔、彼女とその家族が住んでいた町であり、彼女の母親が命を落とした町。


 駅を出て辺りを散策する。

 元々、田舎駅で駅ビルどころか高い建物すらない寂れた場所だ。

 お店か民家かの違いくらいで、どれも似たような平屋建ての家屋が並んでいた。


 そんな穏やかでのんびりとした町は、ダンジョンバーストによって壊滅した。

 以来、彼女がココを訪れたのはこの日が初めてだ。


「すごい……もうこんなに」


 思わずそんな言葉がこぼれてしまうほど、町はすっかりキレイになっていた。

 家屋が半壊し、工場から火が上がり、田畑が燃えていたあの町と、同じ場所だとは思えなかった。


 しかし、よくよく見ると空き地が目立つ。

 あれらが全て、ダンジョンバーストであふれかえったモンスターによって損壊した家屋を取り壊した跡なのだと思うと、この町がキレイに見えるのは壊れたものを片付けたからであって復興を遂げたわけではないのだと思い知らされる。


 かつてはリゾート地として賑わいを見せていた猪苗代湖。

 その湖畔に建てられた石碑が、琴莉の今日の目的地だ。


『弔魂碑』と書かれた大きな石。

 磐梯山ダンジョンのバーストで亡くなった全ての魂を弔っているものだ。

 つまり、彼女の母もここで弔われているということになる。


「遅くなってごめんなさい」


 琴莉は目をつぶって両手を胸の前で組むと、小さくつぶやいて母に祈りを捧げる。

 そして、弔魂碑を訪れるまでに約六年もの月日が掛かってしまったことを詫びた。


 あの災害のあと、母の遺体は見つからなかった。

 モンスターに喰われたのか、火に巻かれて炭化したのか、はたまたその両方か。


 焼死体の身元特定には時間がかかる、それが何百体ものご遺体ともなれば全てを特定することは諦めざるを得なかったのかもしれない。


 いずれにせよ、母の遺体が西海家に帰ることはなかった。それだけが彼女たちにとっての事実である。


 だから彼女はいつも、遺骨が納められていないお墓にお参りをしていた。

 本当にココに母の魂が眠っているのか、という疑問を押し殺して。


「あっ」


 女性の短い声が聞こえた。

 琴莉が後ろを振り向くと、どうやら風で帽子キャップが飛ばされてしまったらしい。


 風に吹かれ、すごいスピードで道を転がりながら走っていく帽子。

 琴莉はグッと足に力を入れて、帽子を追いかけしなやかな動きで拾い上げる。


 駆け寄ってきた女性――おそらくは高校生くらいであろう女の子だ――に「どうぞ」と帽子を手渡した。


「あっ、ありがとうございます!」


 元気よく、深々と頭を下げる女の子。

 そこに後ろから保護者らしき男性が小走りで駆け寄ってきた。


 無造作に伸ばした真っ黒な長い髪、身長は180センチくらいありそう。

 言葉を選ばずに言うなら……威圧感があってちょっと怖い。


「風強いんだから、気をつけろよ。…………帽子、ありがとうございます」


 男性は琴莉を見て一瞬動きを止めると、丁寧な言葉遣いでペコリと頭を下げた。


 もしかすると自分のことに気づいたのかもしれない、と琴莉は直感した。


 史上初、高等専門学校在学中にプロハンター試験に合格した女子ということで、一時期はメディアの取材にひっぱりだこだった時期がある。

 そのため、彼女の顔を知っている者は少なくない。


 尚、ダンジョン高等専門学校はその第一号である東京ダンジョン高等専門学校が創立してから十年しか経っていない。『史上初』といってもたった十年の史上で初めてというだけだ。


「いえ。うまく拾えて良かったです……。お二人も弔魂に?」

「……ええ。父が」


 弔魂碑を見上げる男性。

 長い髪が横に落ち、隠れていた顔が露わになっていく。

 まつ毛が長く整った顔、鼻は高くシャープな輪郭。


 琴莉は心の中で「もったいないっ!」と叫びながら、表では平静を装う。


「私は母が……」


 言葉を交わしたのはそれだけ。

 ペコリと頭を下げて去っていくその後ろ姿に、なぜだか既視感を感じた。


「まっ…………」


「待って」の言葉を飲み込み、遠くなる背に伸ばした右手を静かに下ろす。


 呼び止めてどうしようというのか。

 ここで「もしかして、どこかでお会いしてませんか?」なんて声を掛けたら、ただの逆ナンパにしか聞こえないし、おそらくは妹であろう女性を連れている男の人をナンパするとか頭がおかしいと思われてしまうだろう。


 琴莉は黙って二人のことを見送り、自分は駅へと向かう。


 会津から浜通りまでは遠い。

 ただでさえ面積の広い福島県――都道府県の面積では北海道、岩手県に続く第三位である――を横断するようなものだ。


 来月になって本格的にプロハンターとしての仕事が始まれば、きっとゆっくり帰ってこれる時間はなくなるだろう。


 琴莉は胸いっぱいに故郷の空気を吸い込んだ。



🦊 🦊 🦊 🦊 🦊 🦊



 ショートストーリーをご用意しました。

 2章開始まで、もうしばらくお待ちくださいませ。

 

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