潜木翔真のこれから③


『お稲荷さま。こんにちは! 初めてお手紙を書きます。アゴが割れたデカい鳥をやっつける動画に感動しました。あんなに強そうなモンスターを――――――』


『お稲荷さま、はじめまして。 ――――――、私はあなたの声が大好きです。ダンジョン配信も良いですが、ASMRもやってみませんか? きっと――――――』


『拝啓。吉音イナリ殿。突然のご連絡をお詫び申し上げます。――――――、貴殿の持っている妖精の入った瓶をお譲り頂きたく――――――』


 かわいいキャラクターものの便せんにカラーペンでびっしり文字が書き込まれた手紙から、和紙に毛筆で文字を書いた古風な手紙まで種類は様々。内容も……様々。


「これは……」

「ファンレターってヤツだね。DunTubeダンチューブチャンネルにコメントを書くだけじゃ伝えきれない思いをしたためた想いの結晶……まあ、そうじゃないものもいくつか混じってるみたいだけど」


 ファンレター? これが全部、俺宛てなのか。

 今までの人生で貰った手紙やハガキを全て集めたって、この半分にも届かない。


 一枚、一枚、封筒を開いて手紙を読んでいく中で、ひとつの手紙に手が止まった。

 よくある無地の封筒に入った、シンプルな手紙。

 それは咲夜さくやと同じ高校に通う子供を持つ、母親からの手紙だった。


 そこには、子供の命が助かったのはハンター連盟とだと書かれていた。彼女の子供は逃げ遅れてシェルターに入れなかったそうだ。もしもダンジョンバーストの鎮圧に手間取っていたら、あふれ出るモンスターによって自衛隊の基地も壊滅していたかもしれない。そうなれば子供も死んでいただろう、と。


「ふふっ。まるで救世主だね」

「…………そんなスゴいもんじゃ、無いっすよ」


 俺はただ、妹を助けたかっただけだ。

 咲夜がダンジョンバーストに巻き込まれていなければ、愛宕山へ向かったりはしなかった。


 咲夜を助けた後にダンジョンバーストの現場へと戻ったのも、俺たちを助けてくれた琴莉さんのためだ。別に見知らぬ他人から感謝されたくてやったわけじゃない。


 ――だけど。今は。

 見知らぬ誰かを助けることができて良かった、と思っている。

 この手紙を送ってくれた人の子供が亡くならなくて本当に良かった。


 誰かが死んで、誰かが泣く。

 そんな悲しいことは、起こらない方がいいに決まっている。

 俺が少しでも役に立てたのならそれは――。


「……あ」


 そして今さら思い至る。

 父さんはずっと、こんな気持ちで戦っていたんだ、と。


 俺たちのような被災者を、この国で流れる涙の量を、少しでも減らせるように。


「さて、私は仕事があるから先に行くけど……、潜木くんはどうする?」

「俺は……もう少し、ここで読んでるっす」


 音無さんは「そう」と微笑んで席を立った。

 それからしばらく、俺は時間を忘れて紙袋に入った手紙を読み漁った。




 目白のオシャレすぎるカフェを出て家路を急ぐ。

 手紙に熱中しすぎて、すっかり陽が暮れてしまった。


 きっともう咲夜も家に帰っているだろう。

 俺としたことがなんという失態。もう夜になろうというのに、大切な妹を家に一人にしてしまうなんて、不用心にも程がある。


「ごめんっ! 遅くなった」


 扉を開けて部屋に飛び込むと、部屋には沢山の段ボールと父さんの遺品が並べられていた。ちょっと前にも見た光景だ。


 前回はダンジョン見学に使えるものを探している、なんて言っていたが今回はどういうつもりなのだろうか。


 俺は思わずその場で固まってしまった。


「あっ、お兄ちゃん。散らかしちゃってゴメンね。お父さんが遺してくれたものを整理してたんだ」


 まさかの遺品整理。

 自分が粗雑に段ボールに詰め込んで、クローゼットの奥へと仕舞いこんだものを、引っ張りだして整理しようなんて、一体どういう心境の変化だろうか。


「そうか……」

「うん」


 それだけ言葉を交わすと、咲夜は再び作業をはじめる。

 一つ、一つ、大切そうに父さんの遺品を段ボールに詰め直す。


 何があったんだ、とは聞けなかった。

 俺には、咲夜が話してくれるのを待つことしかできない。


「……私ね」


 遺品整理の終わりが見えてきた頃、咲夜がやっと口を開いてくれた。

 良かった。最後まで一言も喋ってくれなかったらどうしようかと思った。


「今度、お父さんのお墓参りに行こうと思うんだけど」


 その言葉に、俺は目頭が熱くなっていくのを感じた。

 父さんが死んでから五年。俺が知っている限り、咲夜が自分からお墓参りに行くなんて言い出したのは初めてだ。

 叔父さん達に連れられてお墓に行ったときなんか、表情からも態度からも不機嫌をにじませていたというのに。


「お兄ちゃんも一緒に来てくれる?」


 上目遣いで俺の目を見つめてくる妹に、俺は鼻水をすすりながら言った。


「も゙ぢろ゙ん゙!」


 彼女に何があったのかはわからないけれど。

 ダンジョンバーストという大きな災害によって、この五年間ずっと止まっていたナニカが、彼女の中で動き出したのを感じた。

 

 同時に、俺はどうなんだという疑問が湧いた。

 俺はあの日から、ちゃんと前に進めているのだろうか。


 父さんの墓前で「俺は大丈夫だ」と胸を張って言える自信は、まだ無い。

 

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