潜木翔真のこれから①


「おう、翔真しょうま。遅かったな」


 お昼時が過ぎて人がまばらになった大学の軽食堂。

 先に席に座っていた慎一郎シンが、ペットボトルのジュースを片手にブンブンと手を振っている。


 相も変わらずピンク色の髪が目立つヤツだ。

 俺はいつものように缶コーヒーを二つ持って、シンの向かい側の席に座った。


「ちょっとヤボ用でな」

「ほほぉん、……女か?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべた顔が憎たらしい。

 ここで「そうだ」と答えたら、シンはどんな顔をするだろうかとも考えたけど、その後が圧倒的に面倒くさいことになると思ってやめておいた。


「バーカ、ちげぇよ」

「本当かあ? ……あっ! まさかお前」


 シンがわざとらしく、何か重要なことに気づいたような顔を作っている。

 きっとまた、しょうもないことを言い出すに違いない。


「まだあのヤバい女に付きまとわれてるんじゃねぇだろうな?」

「ちがっ! っていうか、彼女はそういうんじゃないから」


 そういえば、前にカフェで音無さんと一緒にいるところを見られていたのだった。

 咲夜がダンジョンバーストに巻き込まれたことで、高校の保護者説明会やら個別三者面談やらに引っ張り回されて、バタバタしているうちにすっかり忘れていた。


「そういうんじゃない、って。じゃあ、どういう関係なんだよ」

「どうって……」


 説明が難しいな。

 ダンジョンライバーをやっていることは話せないし、強いて言うなら……。


「お金の関係?」

「ぶっ」


 うわっ、ジュース吹き出しやがった。汚ねえな。

 でも今のは俺もちょっと悪かった。明らかに言葉のチョイスを間違ってしまった。


「ケホッ、ケホ。……お前、まさかあの女に借金して――」

「違う、違う。むしろ、俺が貰う側」

「はあ? なんだよそれ。バイトでも始めたのか?」

「んー、まあ、そんなとこ。もういいだろ、俺のことは」


 そもそも、ここで集合って呼び出してきたのはシンの方なのだから。

 いい加減に本題に入って貰おう。


「で、話ってなによ?」


 俺はジュースに濡れたテーブルを拭くための紙ナプキンをシンに渡しつつ、さっさと話をしろと促した。

 

「ああ、そうだった。俺たち、来年三年だろ?」

「そうだな。留年しなければ」

「…………急に怖いこと言うなよ」


 シンは今、進級に必要な単位ギリギリだったハズだ。

 具体的に言うと、この後期に履修登録している単位を全て取らないと留年する。

 俺はしっかり単位を取っているから問題無い。

 ……どれも最低ラインの評価(C)ばかりだけど。


 俺は開けたばかり缶コーヒーを飲みながら、続きを話すように手で催促した。


「いや、それでさ。就活どうすっかな、と思って――」

「ごふっ」


 一ミリも想定していなかった話題に、今度は俺がコーヒーを吹き出した。

 待て待て。シューカツって就職活動のことだよな?


「うわっ、きったねえな」

「お前にだけは言われたくねえよ」


 ついさっきジュースを吹き出したのは誰だ。

 俺は再び紙ナプキンを引っ張って、テーブルを拭きながら話を続ける。


「え? なに、いま就活って言った? そのピンクの頭で?」

「こんなん染めるに決まってんだろ」


 マジか。染めるのか。決まってんのか。

 いや、そりゃ就活をするときは黒髪にするものなんだろうけど。

 すっかり見慣れたシンのピンク髪が見れなくなると思うと、なぜだか少しさみしい。


 いや、今はピンク髪の話はあとだ。


「待て待て待て。就活って四年になってからやるもんじゃねえの?」

「……お前、本気で言ってんのか?」


 本気だよ。本気と書いてマジだよ。


 呆れた顔をしたシンの説明によると、就活というものは大きく二段階に分かれているのだそうだ。


 俺が想像していた就活、エントリーシートを出したり、筆記試験だとか面接だとかは四年生から(正確には三年生の終わりから)、徐々に説明会が始まるのだそうだが、こっちは二段階目。このときに動き出すヤツはすでに出遅れているらしい。


 その前に一段階目として、三年生の夏と秋に開催される『インターンシップ』の募集が始まるのだという。それも三年生の四月から。早すぎない?


 ひとしきり驚いたところで、俺は違和感に気づいた。

 シンって法学部だったよな?

 ちょっと前に『俺の六法全書が火を噴くぜ』とか言ってたよな?


「シンって司法試験を受けるんじゃなかったのか?」

「ああ? 法科大学院課程ロースクールに通って、それでも半分以上が落ちる司法試験を受けてか? ないない。俺の成績じゃロースクールにも入れやしねえよ」

「…………そうなのか」


 意外だった。

 司法試験を受けないということもだが、アイツが自分の将来をちゃんと考えていたことに驚かされた。


 俺は……まだ、何も考えていなかったから。


「でさあ、今は断然、ダンジョンビジネス系の企業がアツいと思うんだよ。政府からの補助はバンバン出てるし、今のエネルギー事情を考えれば魔石エネルギーの需要はどんどん高まるハズだ」


 ねつっぽく語るシンを前に、俺はただぼんやりと「ああ」とか「なるほど」とか相槌を打つことしかできない。


「――ってことでさ、一人ってのも不安だし、お前も一緒にダンジョン技術研究所のインターンシップに申し込もうぜ!」

「ああ。…………うぇええ!?」


 流されるままに相槌を打って、変な声が出た。

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