将を射んと欲すれば
バースト発生からわずか数分で敷かれた包囲網。
モンスターたちはダンジョンの10km圏内から出ること
突発性ダンジョンバーストではあったものの、発生直前にプロハンターの
周囲への被害を抑える、という意味では大きな成功といえるだろう。
一方、内側へ内側へと押し込まれた魔素はダンジョン周辺に濃く溜まっていった。
それは周囲のモンスターを狂暴にするにとどまらず、突然変異を生じさせるほどに。
最前線でモンスターを抑え込んでいるハンターたちはもはや満身創痍となっていた。
「やあああぁぁぁぁっ!」
琴莉が振り下ろした剣が、飛びかかってきたモンスターの頭蓋を二つに割った。赤黒い毛色をした狼タイプのモンスター、ウルフェゴルが空気に溶けるように消えていった。
「はあ、はあ、はあ……」
汗がしたたり、息も絶え絶え。
ここまで何体のモンスターを斬っただろうか。
自身の一日の討伐数が、最高記録を更新したであろうことは間違いない。数を把握していないものを記録とは呼ばないだろうけど。
どうして一般人であるハズの彼が、封鎖されたダンジョンの近くにいたのか。
どうして鹿尾さんは彼のことをマルタイ(対象者)と呼んでいたのか。
彼が背負っていた、ケガをした女の子は一体何者なのか。
緑の木々に囲まれた愛宕山ダンジョンが、今はモンスターに囲まれている。
「グギャギャギャッ!!」
マイゴブリンの笑い声が耳に障る。
目を向けると、こちらに向かって駆けてくるウルフェゴルの背に、マイゴブリンが騎乗していた。
ユニオンアクションと呼ばれる、特定種族のモンスターが揃ったときに見られる行動の一つ。ゴブリンライダーである。
右へ、左へと跳ねながら接近してきたゴブリンライダーは、すれ違いざまにショートソードを繰り出す。
「ぐっ……、おもい」
あわてて剣で受けると、想像していた以上に重たい衝撃が腕に響いた。ウルフェゴルのスピードが乗ったことで、威力が何倍にも跳ね上がっている。
再びショートソードを構えて突撃してくるゴブリンライダーを前に、琴莉は小さく息を吐き剣を構えた。
(正面から斬り合うのは得策じゃないですね)
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。
再び飛び掛かってきたゴブリンライダーに対し、琴莉はひざを折って低くかわす。同時に、手に持った剣でウルフェゴルの腹を裂き斬った。
「グギャッ!?」
目の前で消えていく仲間を見て、マイゴブリンは先ほどまでの愉し気な様子から一転、憤怒の形相となった。
「グギャギャギャギャギャッ!!」
仲間を殺されて怒っているのか、それとも楽しく跳び回っていたところを邪魔されて怒っているのか。とにかくあとは残ったマイゴブリンを仕留めるだけ、と剣を構えたところで琴莉は異変に気付いた。
「……剣が」
折れていた。
さっきウルフェゴルを斬ったときに。
いや、おそらくはそれ以前に耐久力の限界を迎えていたに違いない。
琴莉は、普段の手入れを怠るようなタイプではない。
今日はモンスターを斬りすぎた。
そして極めつけは、ついさっきの重たい一撃。
「グギャ? グギャギャギャギャッ!!」
マイゴブリンがこちらを指差して笑い出した。
言葉は通じなくとも、折れた剣を構えている姿をバカにされていることは琴莉にも通じていた。
「やってられませんね」
琴莉は折れた剣をマイゴブリンに投げつけ(それは苦も無く
重たく長い剣を何本も持ち歩くのは機動性に難があるため、予備は軽くて短いこの剣しか持っていない。これであとどれだけ戦えるか。
「グギャギャギャッ!!」
同じくショートソードを構えたマイゴブリンが、踊るように飛び掛かってきた。
琴莉がそれを迎え撃とうと力を込めたそのとき、
「コトリさん!」
自分を呼ぶ声が聞こえた。
と同時に、地面に突き刺さったのは黒く幅広の長剣だった。
「それ、使っていいっすよ!」
少し離れた木の上から、吉音イナリが顔を見せる。
確かに彼は『安全なところまで届けたら、必ず戻ってきます』と言っていた。が、本当に戻ってくるとは思っていなかった。
「……!? いいんですか?」
「さっきドロップしたばっかの武器なんで、鑑定とかしてないっすけど」
思いがけないタイミングで飛んできた長剣に、姿勢を崩していたマイゴブリンがすぐに姿勢をただして再び跳躍する。
未鑑定のドロップアイテム。
どんなアイテムスキルを持っているのか、それはパッシブ――常時発動――なのか、アクティブ――任意発動――なのか。
そう判断した琴莉は、長剣の柄を掴んだ。
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