命を背負って

 逸刻環いっこくかん

 ジャガーゴイルからドロップしたこの腕輪は、時間の流れを緩やかにするアイテムスキルを持つ。ケツアゴアトルとの戦いで電撃を避けられたのは、これのおかげだ。連続使用には制限があるが。


「大丈夫か!?」


 山道から斜面を深く下ったところに、モンスターに囲まれた咲夜さくやの姿を見つけた俺は、逸刻環のアイテムスキルを発動して一気に間合いを詰めた。


 幽世かくりよただよ狐面きつねめんが気配を遮断してくれているから、モンスターたちは俺に気づいていない。


 たっぷり収納DXから蛇腹石――レッサーペントがドロップする奇妙な石――を取り出して、親指でパチンと弾くと凄まじい勢いでモンスター目掛けて飛んでいった。


 ロックズリというイタチタイプのモンスターから手に入れた、『魔弾の投手』という厳めしいネーミングの指輪が胸元で光る。


 石を指で弾いて敵を攻撃する、などという化け物じみた技ができるのは、この指輪のアイテムスキルによるものだ。


 俺の親指から放たれた蛇腹石は、モンスターの頭部を砕き、胸を貫いてその生命を狩る。どこから攻撃されたのか、なぜ自分の身体がチリとなっていくのか、理解する時間すら与えない。


 後に残るのは手のひらサイズの魔石と、初めて見るドロップアイテム。

 とにかく、辺り一帯にいるモンスターを片端から消滅させていった。


 最後の一匹が「グギャ」と小さな断末魔の悲鳴を上げた。


 無事に妹を助け出せた。

 山の麓で、『シェルターに避難した生徒の中に潜木くぐるぎという名の女性はいない』と言われたときは生きた心地がしなかったが、ようやく人心地がついた。


「無事……っすか?」


 今の俺は、正体を隠したダンジョンライバー・吉音イナリ。咲夜に正体がバレないよう、声色を変えて声を掛ける。


「…………ハァ、ハァ、ハァ、……はい」


 息が荒く、返事の声も小さい。

 目の焦点も合っていないように見える。


 モンスターに襲われたときにケガをしたのかもしれない。


 よく見ると、咲夜が右足首のあたりに手を添えていることに気づいた。

 痛みを抑えるために手を当てるのは、人体のメカニズムだと聞いたことがある。


 ゆっくりとその手を退けると、足首には青黒い打撲痕、周囲は大きく腫れていた。

 医者ではないけれど、軽いケガではないことくらい俺にだって理解わかる。


 珍しいアイテムをいくつ持っていようと、俺には咲夜のケガを治すことはできない。

 俺にできるのは、咲夜を治せる人がいるところまで連れていくことだけだ。


「ちょっと、我慢しろよ」


 俺はもう何年ぶりかも思い出せないが、妹を自らの背に乗せた。

 両手が塞がった状態では、剣を持つことも石を弾くこともできない。


 俺は飛翔の腕輪のアイテムスキルを発動させて、空を翔ける。

 背に負った大切な命を守るために。



 🦊 🦊 🦊 🦊 🦊



 琴莉が見つけたのは、インテリ眼鏡を掛けた身体の線の細い男性。


 人違いかもしれないと、目を凝らすと、


「そこのあなた、愛宕山ダンジョンを調査しに行ったプロハンターですよね。状況報告をお願いします」


 まるで機械が発しているかのような、冷たく抑揚のない声に問われた。

 しかし不思議と不快感はなく、身体は自然と敬意を示し、口はスラスラと報告を始めた。


 途中まで黙って聞いていたインテリ眼鏡の男性は、「もう結構」と私の報告を遮ると、パンと大きく手を叩いた。


「T1、T2は前進して敵前線を押し込んでください。T3は山中に散ったモンスターの排除。T4は逃げ遅れた民間人の捜索。T5は先行したマルタイの護衛。さあ、サクサクいきましょう」


 四人一組のチームが五つ。それぞれの方向へと散っていった。

 ひとまずやるべきことは済んだ、と腕を組んで周囲を見回していたインテリ眼鏡の男性は、再び目線を私の方へ向けて、何かに気づいた表情を見せた。


「おや、あなたは確か……新人のスズメさん?」

「に、……西海にしうみ琴莉ことりです」


 ああ、コトリさんでしたかと、興味無さげな反応を見せたインテリ眼鏡の男性は、また視線を明後日の方へと向けてしまった。


 残念ながら名前は間違って覚えられていたとはいえ、まさか自分なんかが彼に存在を認知されているとは思わず、琴莉は声を上擦らせる。


 彼はハンター連盟を代表する五人の理事の一人――司令官コマンダーの異名を持つ鹿尾かのお修悟しゅうご、その人だ。


 初めは見間違いかと思った。

 最近はダンジョン技術の研究に腐心していて、現場に出てくることはほとんどないと聞いていたし、そもそも実物を見たことが無かったから。


 しかし二十人からなるハンターの小隊を従え、指示を与えている姿を見た後では、すっかり本人にしか見えなくなった。


「T5はT1、T2の援護に回ってください」


 この場所から何が見えているのか。

 おそらくは彼の固有スキルによるものであろうが、遠くまで走っていってしまった部下たちに、まるで見えているかのようにインカムで指示を出していく。


「やれやれ、本当はココで大きめの恩を売っておきたかったのですけど、ね。思っていたより規模が大きいようです。……コイヌさん、もしかして手が空いていらっしゃいます?」


 惜しい。一文字目は合っている。

 生き物としては遠くなったけど。


 彼女の答えは語るまでもない。

 ついさっき逃げ出してきた地獄に、西海琴莉は再び身を投じることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る