あの日の鬼ごっこ
山頂へと向かう道を守るため、二人のプロハンターがモンスターの行く手を阻んでいた。
数の暴力がたったの二人に襲いかかり、徐々に戦線は押し込まれていく。
「どれくらい経った?」
「ざっとじゅ――」
背中にスキル特有の悪寒が奔る。
偶然にも放たれた回転斬りは、眼前のモンスターの鼻先を掠めた後、音もなく背後から飛び掛かってきたモンスターの胴を薙いで致命傷を与える。
「――十分と少し、です」
「…………まだそんなもんか」
先輩ハンターと二人で支えている戦線はもう限界だ。できれば十五分、あわよくば二十分持たせたかったが……。
「グギャギャギャッ!」
「西海、あと三分いけるか!?」
「もちろんです!」
警戒レベルは4に上がった。
山の麓にはバリケードが敷かれ、プロハンターによる最終防衛ラインが築かれた頃だ。
そのラインがここまど押し上がってくるには、どんなに楽観的に考えても一時間はかかるハズ。
「高校生たちはもう逃げ切れましたかね?」
「そうあって貰いたいね。じゃないと俺等は……」
先輩ハンターが言葉を飲み込んだ。
そんな彼を見て、琴莉は苦笑する。
じゃないと俺等は――犬死にだ。
彼が飲み込んだであろう言葉を、琴莉は頭の中で呟いた。
更に両の手指では足りない数のモンスターを屠った二人は、目で合図を送りあった。
そろそろ
自衛隊基地に逃げ込んだ人たちは、シェルターで匿われている頃だろう。
「いち」
「にの」
「「
二人は別々の方向へ弾けるように飛び出した。
敵は圧倒的多数。
更には間もなく第三波がやってくる。
もはやたった二人が協力し合ったところで太刀打ちなど不可能だ。
だから、二手に別れる。
生きるも死ぬも、自分次第。
相手の足を引っ張るような間抜けな展開もない。
もちろん死ぬ気なんかさらさら無い。
「私は、死にません」
右手に持った剣を強く握り込み、モンスターを斬りながら斜面を下る。
ダンジョンバーストで漏れ出した魔素が濃く漂っている。琴莉は自身の感覚がいつもより研ぎ澄まされていくような気がした。
後ろ!
左斜め上空!
足元!!
剣を振るう度に、モンスターの悲鳴が山を奔る。
固有スキル『危機察知』はこういう場面との相性が抜群だ。死角から襲ってくる敵を目視することなく捉えることができる。
あとは山の麓まで駆け抜けるだけ。
気合いを入れ直し、目的地までの進路を確認しようと周囲を見渡した琴莉は、
「あの人は、もしかして」
レアモンスターなんかより、よほど珍しいものを見た。
🦊 🦊 🦊 🦊 🦊
「いっ
立ち上がろうとした右足を激痛が襲った。
どうやら斜面を転げ落ちたときにケガをしてしまったようだ。
私は痛む足首をさすりながら、自分が転がり落ちてきたであろう場所を見上げた。
「
少なく見積もっても5メートルはある。
あの高さから落ちたのか、と思うとケガをしたのが足だけというのは幸運だったような気がしてくる。
いや、幸運ならばそもそも、他人の転倒に巻き込まれて斜面を転げ落ちるような目に遭うハズがないのだけど。
陽の光すら細くなり、まだ昼過ぎだというのに夕方のように暗い。
「だれかーー!! 誰かいませんかあーー!?」
お腹に力を入れて助けを求めてみるが、残念ながら反応は返ってこない。
そりゃそうだ。
誰もが必死で上を目指していた。
山の上にある自衛隊の基地まで辿り着ければ、シェルターに入れて貰えると聞かされて。
最後方を走っていた私の声に気づく人なんて、もう残っているハズがない。
「シェルター……か」
苦い思い出しかないシェルターに籠もっているより、山の中で息を殺している方が私にはお似合いかもしれない。
バカなことを考えていたら、少し離れたところでガサガサと大きく葉が擦れる音がした。
風じゃない。
猿くらいの大きさの動物が草むらから飛び出すときの音によく似ていた。
逃げなくちゃ、ともう一度足に力を入れてみる。
ズキッと身体の奥まで痛みが届く。
やむを得ず、四つん這いで膝を擦って移動する。
「グギャギャギャッ!」
モンスターの声。
近くはないが、遠くもない。
近づいてきたかと逃げれば、なぜか追いつかれない。こちらは走っているのではない。膝をつき亀のような動きで逃げ惑っているだけなのに。
ふと、前にもこんな経験をしたことがあると気づいた。
そうだ、意地悪な男子が鬼ごっこで。
ああ、こいつらは遊んでいるんだ。
自分よりも圧倒的な弱者が、ビビって逃げ惑う様を見て愉しんでいる。
イヤな感じだ。
全身の力が抜けていく。
このまま痛みを我慢して逃げ回ったところで、いつかは飽きられて、そして殺される。
あのときの男子はしらけ顔で、逃げ疲れた私に「あーあ、つまんねえ」と呟いて、それから大きく手を振り上げたんだ。
ただタッチをするのに、手を振り上げる必要なんて無い。大柄な彼がこれまでに何人もの友達をバチンバチンと叩いていたことを知っている。次は私の番だ、って身を固くした――。
――あれ? あの日の鬼ごっこは、その後どうなったんだっけ。
「大丈夫か!?」
ああ、そうだった。
こんな風に心配して、助けにきてくれたんだ。
お兄ちゃん。
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