お兄ちゃんでしょ?
震える指
慌ただしくなったダンジョン技術研究所。
サイレンが響く中、部屋に残された俺たちは状況が
「これは只事じゃなさそうだよ」
「……そっすね」
ただ漠然と、この状況があまり楽観視できるようなものでないことは感じていた。
このままじっとしていても、どうにもならない。
俺は廊下を走り回っているスタッフを捕まえて事情を訊く。
「すみません。さっきからサイレンが鳴ってますけど、何があったんすか?」
恐らくは急いでどこかを目指していたのであろうスタッフは焦った様子で、
「何って、ダンジョンバーストですよ。ココのすぐ近くにある
それだけ言うと、スタッフは急ぎ足で行ってしまった。
ダンジョンバースト? あたごやま?
『あー、あい、なんとか山? 千葉で一番高い山らしいんだけど』
あの日の夕方の、咲夜の言葉が頭を横切る。
千葉にはダンジョンがいくつあるのか。
バーストしたのは連盟管理のダンジョンなのか、フリーダンジョンなのか。
嫌な汗が背中を伝っていく。
震える指を必死で動かして、スマホで『千葉 一番高い山』と検索すると、一番上に『【千葉県で一番高い山は愛宕山】標高408m!』と表示された。
「…………ッ!?」
さっきのスタッフが言っていたことに間違いがなければ、咲夜たちがダンジョン見学に行った先が、バーストした。肌が粟立っていく。すぐに助けに行かなくては。
「どうかされましたか?」
背後から声を掛けられ、振り向くと鹿尾さんが立っていた。
先ほどのスタッフたちとは違い、なぜか落ち着いた様子だ。
「愛宕山ダンジョンがバーストしたって本当っすか?」
「……どうやら、そのようです。でも、安心してください。この研究所は
きっと俺が不安そうな顔をしていたからだろう。
鹿尾さんは一瞬驚いた表情を見せたが、笑顔で研究所の安全性を説明してくれた。
でも、俺が心配しているのはそこじゃない。
「気持ちは嬉しいっすけど……俺、行かないと」
「どういうことですか?」
怪訝な顔をする鹿尾さんに、俺は事情を説明した。
妹の学校が愛宕山ダンジョンへダンジョン見学に行っていること、今回のダンジョンバーストに妹が巻き込まれている可能性が高いこと。
「……なるほど。事情は
「え? 手伝い?」
まさか研究所のスタッフから『お手伝い』を提案されるとは思わなかった。
戸惑っている俺を尻目に、鹿尾さんはスマホを取り出すと、どこかに電話を掛けはじめた。
「私です。先ほどの件ですが、20分以内に現着してください。私も現地に入ります。…………なんですか? ……あなたの意見など聞いていません。私は出来ることしか言いません。さっさとやりなさい。残り19分です。以上」
言いたいことだけ言って、一方的に通話を切ったぞ……。
先ほどまでの礼儀正しい鹿尾さんとは別人のような言葉遣いだったし。
もしかして、ものすごく偉い人だったりする?
「さあ、早速向かいましょう。装備は大丈夫ですか?」
「あ、あの……だい、じょうぶっす」
俺はいつもの
ダンジョン探索に必要な道具は全てこの中に入れて、いつでも持ち歩くようにしている。大事なものは肌身離さずに持ち歩くのが一番だ。
「あなたはどうされます?」
鹿尾さんが部屋でスマホをいじっている音無さんに声を掛ける。
「私はいいや。足手まといになっても、迷惑かけちゃうし」
「そうですね、懸命なご判断かと。――あ、君。私が戻ってくるまで、彼女のことをよろしくお願いします。扱いは丁重に、ね」
廊下をバタバタを急ぎ足で移動していたスタッフの一人を捕まえた鹿尾さんが、問答無用で仕事を押し付けた。スタッフは一瞬の迷いもなく「はい!」と返事をし、おそらく自身の仕事を引き継ぐための連絡をしながら部屋の入り口に立った。
音無さんがこの部屋を出ていかないように付けた監視役だろう。
スタッフの返事の声色に畏敬のニュアンスを感じ、やっぱり鹿尾さんはものすごく偉い人に違いないと思った。
🦊 🦊 🦊 🦊 🦊
「皆さん、こちらへ! 急いでください!!」
今日のダンジョン見学を引率してくれたプロハンターが、百人近い数の生徒を誘導してくれている。しかし山道を登るのは『急いで』と言われたからといって『はい、急ぎます』とはいかない。こちらはとっくにスタミナの限界を迎えているのだから。
「愛宕山の頂上付近には航空自衛隊の基地があります! そこなら確実にシェルターがありますからっ!!」
私はゼェゼェとだらしない息継ぎをしながら、なんとか足を動かして山道を登っていた。
「ダンジョンバーストだ!」という声が響いたのは、ほんの五分ほど前のこと。
大人たちの顔色が一瞬で変わった。
生徒たちも緊迫した空気を感じ取ったのか、ちょっと前までふざけ合っていた生徒たちもすぐに静かになった。
私たちは誘導されるままにダンジョンから離れ、ただひたすらに山道を登っている。ダンジョンの周りでは数名のプロハンターがあふれ出るモンスターを押し留めようと戦っているそうだ。
嫌でも五年前のことを思い出してしまう。
事前に警戒レベルの引き上げがなされていなかったということは、これも『突発性ダンジョンバースト』ということになる。
たった五年の間に、二度も突発性ダンジョンバーストが起こるなんて有りえない、だけどその両方に被災する私はもっと有りえない。最悪だ。
そんなことを考えながら走っていたら、横を走っていた女子生徒が何かに驚いてよろけ、私にぶつかった。
「きゃっ!!」
「えっ!?」
さながらドミノのように、連鎖してバランスを崩した私は、山道の端から斜面に転がり落ちてしまった。……本当に、最悪だ。
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