皆さんそんな反応をされるんですよ


 千葉県南房総市みなみぼうそうしにある愛宕山あたごやま

 同県に同じ名前の山が三座あるが、ここはその中でも最も標高が高い嶺岡愛宕山みねおかあたごやまだ。


 山頂の高さは標高408.2mで千葉県の最高峰であると同時に、各都道府県の最高峰の中で最も標高が低い。

 ちなみに都内唯一のフリーダンジョンがあることで有名な雲取山くもとりやまは2,017m。約五倍である。


 プロハンター・西海にしうみ琴莉ことりは今、そんな愛宕山にあるフリーダンジョンを訪れていた。


「わざわざプロハンターの西海さんに来て頂いて恐縮です」


 そう言って深々と頭を下げているのは、すぐ近くの基地に配属されている航空自衛官である。琴莉のような見るからに新人のハンターにも礼を失しないのは、流石は自衛官といったところ。


「あの、頭を上げてください。それにこれは、私たちの仕事ですから」


 自衛隊が外敵や自然災害からこの国を守っているように、プロハンターはダンジョンが引き起こす災害からこの国を守っている自負がある。


「それで……、ダンジョンに異変があるかもしれない、というのは?」

「ええ。こちらの勘違いであれば良いのですが――」


 琴莉に連絡があったのは昨日のこと。

 ここのダンジョンは三日前に定期調査の報告で『問題なし』との報告が上がっていたが、自衛隊からの要請をハンター連盟としては無視するわけにもいかず、念のために再調査を行うこととなった。


 もちろん警戒レベルは1のままであるため、平日とはいえダンジョン探索に訪れている人がそれなりにいる。


「しゅーごー! みんなちゃんと集まってえ!!」


 高校生のダンジョン見学と思しき集団の声。

 ダラダラと寄ってくる生徒、友達とふざけ合っている生徒など、修学旅行のようなユルい空気がこちらまで漂ってくる。きっとダンジョンも観光気分なのだろう。


 中学を卒業した後、プロハンターになるための高等専門学校に進んだ琴莉にとって、ダンジョンは見学するところではなく実戦の場だった。

 もし普通科の高校に進んでいたら、自分もあんな風にダンジョンに来ることがあったのかもしれない。自分が選ばなかった進路の未来を垣間見たような気がした。


「知り合いでもいらっしゃいましたか?」

「いえ。すみません、行きましょう」


 彼らがこれからもダンジョンをできるように。ダンジョン探索をレジャーとして楽しめるように。私たちプロハンターの仕事がある。


 琴莉は、せっかく休めると思ったのにこんな千葉の山奥まで駆り出されてちょっとしんどいな……などと考えていた自分の心を引き締め直して、ダンジョンの調査へと向かった。



 🦊 🦊 🦊 🦊 🦊



「あー、中はなんというか――」

「普通ですよね、あはははははは」


 皆さんそんな反応をされるんですよ、と鹿尾かのおさんは笑う。

 まるでSF映画の中に入り込んだかのような待合ロビーから、通路を渡って扉を抜けた先は、至って普通のオフィスフロアが広がっていた。


 俺たちを出迎えてくれた鹿尾さんは、ザ・研究員というイメージを裏切らない、インテリ眼鏡をしたダン技研のスタッフさんだ。見た目はちょっと怖いけど、話してみると朗らかで安心した。


 ガラス張りの執務エリアを廊下側から眺めていると、「こちらへどうぞ」と先に進むよう促された。


 通されたのは、こちらも至って普通の会議室。

 俺と音無さんは鹿尾さんに言われるがまま、椅子へと着座した。


 ちょっと拍子抜けした気分だ。『関東ダンジョン技術研究所』というくらいだから、大仰な機械みたいなもので身体中を検査されたりするのではないかと予想していたのに。


 まずは問診、とかそういうことだろうか。

 などと考えていたら、水がたっぷり入ったガラスのコップを出された。

 葉っぱが浮いていたりはしない。

 

「まずはこちらの薬をお飲みください」


 渡されたのは、左右が紅白に色づけられたカプセル。

 例の毒薬APTX4869を彷彿とさせるビジュアルに、思わず手が止まってしまう。


「体が小さくなったりはしませんから、どうぞ」


 これも『皆さんそんな反応をされるんですよ』のパターンだろうか。

 だったら色を変えればいいのにと思ったが、鹿尾さんの愉しそうな顔が『あえてそうしてるんですよ』と語っていた。


 異変はすぐに表れた。

 まるでダンジョンにいるような感覚。

 魔素を身体に取り込んでいるときと同じだ。


 その状態で隣の部屋に移動させられた俺は、ちょっと前に想像していた通りの大仰な機械で身体中を検査をされたのだった。



「要するに、この機械は人間の身体が魔素を取り込んだときの変化、いわゆる固有スキルを検査するものなんですよ。でも、ダンジョンの外じゃ魔素が薄くて検査にならないし、こんな大きな機械はダンジョンの中まで持ち込めないでしょう? そこで先ほど飲んで頂いた魔素カプセルの出番というわけです。効果は三十分ほどしかありませんけどね」


 諸々の検査が終わったところで、これまでの流れについて事後説明がなされた。

 ちなみにこのことは音無さんが事前に交わしたという秘密保持契約書における秘密情報に該当するため、どこかに漏らしでもしたら莫大な賠償金を請求されるという契約内容になっているらしい。


 効果は三十分だけとはいえ、ダンジョンの外で固有スキルを発動できるというのは、拳銃なんかよりよっぽど危険な兵器だから仕方ないか。


 …………違う。これは逆だ。

 元々は兵器として開発された薬を、研究にも転用しと考えた方が腹落ちする。

 それはダン技研がそういう組織とコネクションを持っている、ということでもある。


 もしかすると、ダン技研はただの研究所ではないのかもしれない。


「それで、検査の結果についてですが――」

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