蘇る悪夢


 鹿尾かのおさんの話を簡単にまとめると、俺の固有スキルは『確率を飛躍的に上昇させる』というものらしい。


「確率上昇なんてカワイイものじゃないですけどね。いわば確率変動、いやこれはもう『確率破壊』ですよ」というのが鹿尾さんの言葉。



 固有スキルは身体変化、超感覚、自然現象の三種類に分類される、というのが定説だ。高校時代に受けたダンジョン講習でもそう習った。


 力が強くなったり、遠くの音が聞こえるようになったり、肉体を硬質化させたりといった身体に関するスキルが身体変化。


 危機を察知したり、相手のウソを見破ったり、未来を予知したりといった超能力のようなスキルが超感覚。


 炎を出したり、電撃を出したり、重力を操ったりといったゲームにある魔法のようなスキルが自然現象。


 しかし、俺の固有スキルはそのどれにも属さない。

 俺の他にもこういう事例はあるのか訊いてみたら、鹿尾さんはニコニコと笑顔を浮かべたまま口を開いてくれなかった。


 察しろ、ということらしい。

 ただ一言、


「潜木さん、このスキルについて絶対に口外しないようにしてくださいね。この研究所で得た事実は全てが秘密情報になりますから」と言われた。こわっ。


 それはともかく、他の人と比べてモンスターからのアイテムドロップ率が高い理由が解明わかってスッキリした。千葉の端っこまで検査を受けに来た甲斐もあったというものだ。


 しかもドロップ率だけでなく、命中率もクリティカル率も…………ん?


「確率破壊ってことは、もしかして回避率も上がるってことすか?」


 確率を飛躍的に上昇させる、ということはそういうことでは?

 もしそうだとしたら、もはや俺に怖いものはなくなる。

 ケツアゴアトルだって、アイツの攻撃を全部かわせるのならもっと楽に倒せた。


 しかし鹿尾さんは難しい顔をしていた。


「理論上は不可能ではありませんが、実際のところは難しいでしょうね。固有スキルの発動までには数秒の時間が必要ですから」


 攻撃を当てる命中率。

 急所を狙うクリティカル率。

 敵がアイテムを落とすドロップ率。


 これらは敵を攻撃するときに生じる確率。

 どうやら俺はこれまで、無意識のうちに固有スキルを発動させてから、敵を攻撃していたということらしい。


 一方、回避率は敵の攻撃を認識した後、それを避けるときに生じる確率だ。

 固有スキルの発動までにかかる数秒は致命的なロスになる。


「固有スキルの発動前に、攻撃をくらっちゃうってことすか」


 鹿尾さんは静かに頷いた。

 誠に遺憾ながら、ついさっき思いついた『リスクゼロではじめるダンジョン探索計画』は立案前に暗礁へと乗り上げてしまった。


 残念だけど仕方がない。

 もう一つ、聞きたいことがある。

 

 「あの――――」


 俺が鹿尾さんに質問をしようとしたその時、けたたましいサイレン音がビル全体に響いた。



 🦊 🦊 🦊 🦊 🦊



 少し時間を遡って。

 ゲームでよくある洞窟のようだった雲取山くもとりやまダンジョンとは違い、まるで神殿のように整った白い石壁と石のタイル床で構成された愛宕山あたごやまダンジョンを調査していた琴莉は、手に持った魔素カウンターを凝視していた。


「そんな……まさか」


 魔素カウンターとは、その名の通り周囲の魔素値を計測するための機械である。

 琴莉たち新人ハンターが日頃行っているダンジョン調査には欠かせない道具。


 そこには基準値の二十倍という、本来あってはならない数値が表示されていた。

 ほんの三日前に調査をしたというハンターの報告では、基準値とほとんど差異のない数値が記載されていたことを確認済みだ。


 ダンジョンに踏み入れたときから違和感は感じていた。

 モンスターは次から次へと飛び掛かってくるし、うなり、吼え声を上げ、狂ったように走り回るモンスターたちはナニカに取り憑かれたようだった。


 上層でこれだけ魔素が濃いということは、おそらく中層、下層はもっと酷い数値になっていることだろう。たった三日の間にこんなに数値が上昇するなんて……ダンジョンはいつだって人間の予測を軽々と越えてくる。


「は、ハンター連盟に連絡をしないと――」


 驚愕のあまり止まってしまっていた身体を動かして、まずはスマホを取り出して左手に取った。


 ハンター連盟から支給されているスマホには、連盟本部に直通の緊急連絡ボタンが備え付けられている。


 前回、ケツアゴアトルに襲われたときもこの緊急連絡を使って救援を求めた。結果的に救援が到着する前にキツネさんが倒してしまったけれど。


 スマホを操作するわずかなスキを狙って襲い掛かってくるモンスターを、右手に持った剣で斬り伏せる。二匹目、三匹目、同胞がどれだけ斃れようと飛び掛かることを止めないモンスターを、ただただ迎撃していく。


 上層のモンスターだから何とかなっているものの、これが中層、ましてや下層であったなら、琴莉はモンスターの猛攻に耐えられなかっただろう。


 なんとか緊急連絡の操作をした瞬間、背すじに広がる嫌な感覚。

 琴莉の固有スキル『危機察知』が最大級の危機を伝えてくれていた。


 辺りから大量のモンスターの気配がする。

 これに比べれば、モンスタールームなんてかわいいものだ。


「ダンジョン……、バースト」


 まるでダンジョン全体がモンスタールームになってしまったような圧迫感と絶望感に襲われ、琴莉はきびすを返して入口に向かって走りだす。


 このままこの場に留まっていたら、自分は確実に死ぬ。

 大量のモンスターに蹂躙され、骨も残らない。そんな確信があった。 



 琴莉の脳裏に五年前の悪夢が蘇る。

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