ダン技研
『今日はダンジョン見学で遅くなるから』
メッセージアプリに、
まだ怒っているらしい。普段の咲夜なら『今日はダンジョン見学で遅くなるから、心配しないでね』くらいの気遣いを込めてくれるのに。悲しい。
「……はああぁぁ」
「なあに、この世の終わりみたいな顔してるのかな? これ見よがしに大きなため息までついちゃって」
こちらを
「女の人に機嫌を直してもらうには、どうしたらいいっすかね?」
「ふうん、ケンカでもしたのかな。彼女……いや、妹さんか」
その通りなんだけど、即断で彼女じゃないという結論を出されるとは遺憾である。
俺は
「ケンカの内容は興味がないから聞かないけど、『女の人に機嫌を直してもらうには、どうしたらいい』とか考えているうちはダメだと思うよ」
「……ん? どういう意味っすか?」
「ケンカの原因を改める気がない、もしくはケンカの原因を理解していない」
「めっちゃ核心ついてくるし、びっくりするほど容赦ないっすね」
相変わらず目線はフロントガラスに固定されているし、運転のついでに話くらい聞いてやるよ、みたいなノリだと思っていたら、思いの
それにしても『原因を理解していない』とは耳が痛い。
強いて言えば父さんを庇ったこと、くらいしか思い当たる節がない。
そもそもあれはケンカだったのだろうか。
思えば、初めから咲夜の態度はおかしかった。
咲夜は『今度、ダンジョン見学があるから。なんか使えるものないかなあって』なんて言っていたけど、よくよく考えればダンジョン見学で必要になるものは学校から貸し出しがあるはずだ。一般のご家庭にはダンジョン探索に必要な道具なんて置いてないのだから。
それではあのとき、咲夜はいったい何をしていたのだろうか。
「まずは一度、落ち着いて妹さんと話をしてみることだね」
音無さんは
落ち着いて咲夜と話をする。それが出来れば苦労しないというか。
完全に無視をされているのではなく、必要最低限のコミュニケーションは取ってくれるものの明らかに一線を引かれているのだ。
試しに「なんで怒ってるんだ?」と聞いてみても、「別に怒ってない」と不機嫌な声が返ってくるし……。思春期の妹は難しい。
「話をするには、どうしたらいいっすかね?」
「兄と妹でしょ、それくらい自分で考えなよ。……そろそろ到着するよ」
最後はドライに突き放されて、この話は終わった。
音無さんとのドライブでたどり着いた場所は千葉県鴨川市。
房総半島の先端、チーバくんのお尻のあたりに位置する。
自然が豊かで観光施設も多く、リゾート地として有名なところだ。
ここにある『関東ダンジョン技術研究所』、通称『ダン技研』が今日の目的地。
「
「ここがダン技研かあ。……なんか普通のビルだね」
「どんなところを想像してたんすか」
「研究所っていうくらいだし、なんかこう……近未来的な?」
「こんな海辺の街にそんなトガったデザインの建物があったら、周りから浮いちゃうっすよ。新宿のハンター連盟ビルでも際どいラインなのに」
「それもそうか。アレは確かにギリギリだね」
音無さんも納得したところで、俺たちは普通のビルに入っているダン技研へと足を踏み入れた。
ビルのデザインとは対照的に、ダン技研の待合ロビーはまるでSFの世界にまぎれこんだかのような場所だった。音無さんの期待にも応えられたようで、さっきからアッチをうろうろ、ソッチできょろきょろと落ち着きがない。
これがまだ入り口だというのだから、この先への期待は否応なく高まるというものだ。
「本当はここ、半年先まで予約で埋まってんの」
「……そうなんすか?」
「でも、たまたま今日の予約がキャンセルになってね。その枠に潜木くんをねじ込んだってわけ」
それが昨日の今日でダン技研へと連れてこられた理由か。
しかしキャンセルが入ったとはいえ、その空いた枠を狙っている人は他にもたくさんいたハズだ。
そこにねじ込めるなんて、弱小事務所だなんだと謙遜していたけれど、音無さんは実はスゴい人なのかもしれない。
「さすがは『お稲荷さま』って感じだよね。キャンセル待ちも100人以上いたらしいけど、いま話題のお稲荷さまを調べられるよって教えたら、『ぜひ、来てください!』って」
ぜんぜん違った。あやうく彼女を尊敬してしまうところだった。
そりゃあ、こういう研究所みたいなところは個人情報とかしっかり守ってくれるだろうから大丈夫だとは思うけど。お稲荷さまの正体をバラすなら、一言くらい俺に相談があっても良かったんじゃないだろうか。
「あ、勝手に喋っちゃってゴメンね。急いで伝えないとキャンセル枠が埋まっちゃいそうだったから。でも、ちゃんと
もう何回同じことをやられているかも覚えていないけど、美人に可愛く謝られると弱い。これは俺の生物としての本能だからどうしようもない。
さっきまでのモヤモヤは、細かいことを気にしても仕方ないかと消えていった。
「…………じゃあ、いっすよ」
我ながら、こういう自分はどうかと思う。
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