絶対に許さない


 家に帰ると、妹が家捜やさがしをしていた。

 わざわざクローゼットの奥にしまった父さんの遺品を引っ張り出して、なにかを探しているようだ。


「父さんの遺品整理か? 珍しいこともあるもんだな」


 そんなわけはない、と知っていて訊いている。妹の咲夜さくやは、父さんのことを恨んでいるのだから。

 もう二度と見たくないとばかりに遺品を段ボールに詰め込んで、クローゼットの奥へと仕舞いこんだのも咲夜だ。


 でもこれ以外、かける言葉が見つからなかった。


「今度、ダンジョン見学があるから。なんか使えるものないかなあって」

「ああ、そんな時期だっけ。どこに行くんだ? やっぱり雲取山くもとりやまダンジョンか?」


 この辺から一番近いダンジョンは、雲取山ダンジョンのはずだ。

 高校の実習で行くのであれば、一番行きやすい場所に行くだろうという俺の読みは半分だけ当たっていた。


「あ、そうそう。初めはそんな名前のダンジョンだったけど、なんか変更になったの。ちょっと前から平日でもすごい混むようになったらしくって」

「あーー、そうなんだあ。へえぇ」


 そういえば、音無さんが言っていた。

 この前、俺もとい覆面ダンジョンライバー・吉音イナリがやったライブ配信の影響で、雲取山ダンジョンの上層にレアドロップ狙いのアマチュアハンターが大挙しているそうだ。


 上層であれば比較的安全に探索が可能だし、運良く『幽世かくりよただよ狐面きつねめん』や『たっぷり収納DX』が手に入れば……という期待を抱いて。


「だったら、どこのダンジョンに行くんだ?」

「あー、なんだっけな。あー、あい、なんとか山? 千葉で一番高い山らしいんだけど……忘れちゃった」


 千葉の山奥。

 ずいぶんと遠い場所まで行くことになったようだ。

 

 俺のせいで咲夜のダンジョン見学の場所が遠方のダンジョンに変更になったのだと思うと、ちょっと申し訳ない。


「そうか…………」

「うん………………」


 父さんの遺品に目ぼしいものが無かったのか、咲夜は広げていた遺品を段ボールに詰めなおしはじめる。俺も黙って片付けを手伝っていると、咲夜がポツリとつぶやいた。


「なんでダンジョンなんかあるんだろうね」

「……そうだな」

「ダンジョンさえなければ、お父さんは死ななかったし、お母さんは今も元気にプリンを作ってくれてた」

「…………だな」


 咲夜がこんなことを言うのは久しぶりだった。

 父さんの遺品を並べたことで、嫌なことを思い出してしまったのだろう。


 表面上は前を向いて進んでいるように見えるが、五年前の事件が残した傷跡は見た目以上に深い。


 もちろん俺だって完全に吹っ切れたわけではない。

 どうしようもない事故だったのだと、割り切って生きてこうと決めただけだ。


「ダンジョンなんか、発生したそばから全部潰してしてしまえばいいのに」

「それは…………」


 難しい話だ。

 もちろん、物理的には可能である。


 ダンジョンは最下層にあるダンジョンコアを破壊することで消滅させられる。

 実際、都市近郊にダンジョンが発生した場合、そのほとんどがプロハンターによって消滅させられているはずだ。


 一方で、山奥など過疎地域に発生したダンジョンは、重要な資源採掘エリアとしてその多くが管理されている。全てはこの国を支え、潤すエネルギー資源として。


 こんなことは小学校の授業で習う内容だし、咲夜が知らないハズがない。


「エネルギー資源のため? バカみたい。人の命より大切なエネルギーなんてあるわけないのに」

「…………それがないと、もっと多くの人が死んじまうからだろ」


 まるで小中学校の授業をなぞっているようだ。

 人類は増えすぎた人口を維持するために、莫大なエネルギーを必要としている。

 ダンジョンから得られる魔石という新たな資源は、人類の繁栄を助けてくれているのだ、と。


「そのせいでお父さんは死んだんじゃない」

「…………父さんは、覚悟してたさ」

「私は……、私はそんなことで家族を失う覚悟なんかしてなかったっ!」


 振り下ろされた咲夜の拳が床に当たり、鈍い音が小さな部屋に響いた。

 その手が小刻みに震えているのは、憤りか、悲しみか、あるいはその両方か。


「咲夜…………」


 どう声を掛けていいのか判断わからない。

 顔を上げた咲夜の顔は涙に濡れ、その瞳は昏く沈んでいた。


「私はお父さんを許さない。家族を見捨てて、知らない人ばかり助けて、自分勝手に死んでいったお父さんのことなんか、絶対に許すもんか」


 咲夜の言葉が冷たいナイフのように心に突き刺さる。


 家族のためという口実で、咲夜には内緒でダンジョンに潜ってきた自分。

 つい最近、逃げることができたにも関わらず、見知らぬ女性コトリさんを助けるために危険なモンスターと戦うことを選択した自分。


 まるで俺自身が責められているようで。


「そんな言い方……しないでくれよ」


 無意識に、父さんを庇うような言葉が口から漏れ出してしまった。いや、本当に庇っているのは自分自身だ。


「お兄ちゃんが……、もしもお兄ちゃんがハンターなんかになったら、私はお兄ちゃんのことも絶対に許さないから」


 呪いの言葉を吐き捨てて、咲夜は足早にその場を去っていった。

 残された俺は、部屋に置かれたままになった段ボールの山を眺めながら、大きなため息をついた。


「はあああぁぁぁぁ。ちょっと、早まったかなあ……」


 今さらながら俺は、音無さんの口車に乗ってダンジョンライバーになったことを、だんだん後悔しはじめていた。


 とはいえ、やはりお金は必要だ。

 まだ学生という立場を考えると、ダンジョンほど都合の良い稼ぎ場所はない。


 エネルギーのためにダンジョンを利用しているこの国も、お金のためにダンジョンを利用している俺も同じようなものだ。


 一人残された小さな部屋で、窓から見える夕暮れの景色を眺めながら、俺はもう一度大きなため息をついた。

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