聞き覚えがある声
血を分けた我が子、見知らぬ他人の子
お父さんの葬儀が終わって数日経った頃、
「――お父様は、最期までご立派でした」
そう涙ながらに語るプロハンターのおじさんは、右腕をアームホルダーで吊り、頭部に包帯を巻いた痛々しい姿をしていたことを今でも覚えている。
彼もまたダンジョンバーストで負傷し、昨日まで入院していたそうで、お父さんの葬儀に出席できなかったことを詫びていた。
「父はどのようにして亡くなったのですか?」
ひとしきり相手の話を聞いたところで、兄の翔真が切り出した。
それは私もずっと気になっていたことだ。
だけど今は、お父さんの最期なんか聞かなければ良かったと後悔している。
「市街地までなだれ込んできたモンスターの排除と、付近の住民の避難誘導がお父様の仕事でした。お父様は果敢に戦われていました。しかし、逃げ遅れた子供がモンスターに狙われていたところに遭遇し、その子を庇って受けた傷が原因で――」
子供を庇って死んだ。
プロハンターとしては立派な最期なのだろう。
だけど、私はどうしても納得がいかなかった。
「………………なんで」
「…………ッ!?」
思わずこぼれてしまった疑問の言葉に、プロハンターのおじさんが顔を上げて言葉にならない悲鳴を上げた。
あとでお兄ちゃんに聞いたところによると、どうやら必死の形相で涙をこぼしながら、向かいに座っていた彼の顔を全力で睨みつけていたそうだ。
「なんで他人の子なんか助けて死んでるの?」
「……
お兄ちゃんがたしなめるように私の名前を呼ぶ。
でもあの日の私は、どこか頭のネジが外れてしまっていたようで。
どうしても、感情を制御することができなかった。
「でもお兄ちゃん! お父さんは、お母さんと私たちを放っておいて、他人の子なんか助けて死んだんだよっ! そんなのおかしいよ!」
「咲夜……、父さんは――」
「やだっ! 聞きたくない!」
お兄ちゃんがなんと言っていたのか、今でも思い出すことができない。
もしかしたら記憶することすら、脳が拒んだのかもしれない。
気がついたときには、私はお兄ちゃんに抱きしめられたまま泣いていた。
プロハンターのおじさんは、いつの間にか帰っていた。
「咲夜! さーくーやっ!」
「え? あ、なに?」
クラスメイトの声で私は我に返った。
昔のことを思い出しているうちに、すっかり意識を飛ばしてしまっていたようだ。
「『あ、なに?』じゃないよ。もうホームルーム終わったのにボーーーッとしてたから声掛けてあげたんじゃん。熱でもあるんじゃないの?」
そう言って私の額に右手の伸ばしたクラスメイトはすぐに「ガチ平熱」と笑った。
私も調子を合わせて笑いながら、机の上に置かれているプリントに目を落とした。
『ダンジョン見学 変更のお知らせ』
保護者向けのプリントで、さっきのホームルーム中に配られたものだ。
昔のことを思い出してしまったのもきっと、いや間違いなくこのプリントが引き金になったに違いない。
何が悲しくて、お父さんを殺し、お母さんを意識不明にしたダンジョンなんか見学しなくてはならないのか。
政府のダンジョン事業推進政策が、どんどん圧力を強めてきていて嫌になる。
このダンジョン見学も、高校の必修課程として組み込まれている。
つまり、原則として全員参加の強制イベント。
これから進路を選んでいくことになる高校生に、ダンジョンで戦うプロハンターの姿を見せることで興味を抱かせ、あわよくば進学先はダンジョン関連の学校や学部を受験して貰えないだろうか、という政府の思惑が透けてしまっている。
心の底から気に食わないし、腹立たしい。
…………それはさておき。
ホームルームが終わったのなら、家に帰らなくては。
私が帰り支度をはじめると、クラスメイトが「そうだ」と何かを思い出した様子で、目をキラキラさせ始めた。
「ねえねえ、咲夜。最近バズってる『お稲荷さま』って知ってる?」
「お稲荷様はさすがに知ってるよ」
「本当!? 咲夜ってこういうのに興味ないと思ってた」
「なにそれ。まあ、興味があるかと言われると別に……って感じだけど」
急になにを言い出すかと思えば。
お稲荷様といえば、稲荷神社に祀られている神様に決まっている。
むしろ、どうしてお稲荷様がバズっているのか
「あたし、実は最近、お稲荷さまにハマってるんだよねえ」
「へえ、私はそっちの方が意外だよ」
神社仏閣巡りが趣味、という人はそれなりにいるだろうけど、稲荷神社にハマっているとは珍しい。
「いやあ、自分でもちょっと驚いてるんだよね。でも、なんか声がスゴいタイプでさあ、ASMR配信とかやってくれないかなって、永遠に待ってる」
「…………え? 声?」
お稲荷さま、というか神様の声が聞こえる的な話?
いつからこの子は、そんなスピリチュアルな方面に傾倒してしまったんだろう。
イケメンの芸能人とか、外国のアイドルとかが好きなタイプだったと記憶しているのだけど。
「そう。声。すっごいイケボなんだから。ちょっと聞いてみてよ」
そう言って彼女はスマホを取り出すと、何やら動画を再生し始めた。
オカルト的な動画は苦手なんだけどな……。
なんてことを思いつつ薄目で画面を見てみると、そこに映っていたのは、稲荷神社ではなく、もちろんお稲荷様(神)の姿でもなく……。
お祭りの屋台で売ってそうなキツネのお面を被った男の人の姿だった。
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