隠してることあるだろ?


「翔真、お前さあ」


 いつものように大学の食堂で昼食を取っていると、シンが柄にもなく真面目な顔で言った。


「俺に隠してることあるだろ?」


 俺は思わず箸を止めて、シンの顔を見る。

 最初に気づかれるとしたら、きっとシンだろうとは思っていた。


 シンは俺がダンジョンに潜っていることを知っている。

 そして『お稲荷さま』のことを知っている。


 おそらくは覆面ダンジョンライバー・吉音きつねイナリのことも知っているだろう。


 一緒にいる時間も、家族以外ではシンが一番長い。

 シンが吉音イナリの動画を見ていたら、正体が俺だと気づいたとしても不思議ではない。


 心臓がバクバクと早鐘を打つ。

 とぼけるべきか、自分から白状するべきか。


 たった二択の選択肢が、ぐるぐると頭の中を回るばかりで一向に結論が出ない。

 

「俺さあ、実はいたんだよね」

「…………いた?」


 まさかあの日、雲取山ダンジョンにシンがいたとでもいうのか。

 周囲には注意を払っていたつもりだ。

 それでも休日のダンジョンにはそれなりに人がいたし、絶対にシンとすれ違っていないのかと言われると自信はない。


「いた……のか」

「ああ。偶然にも、な」


 万事休すだ。

 動画を見られていたどころか、ダンジョンで配信しているところを見られていたとは。動画では多少わかり辛くなる声も、現場で聞いたら俺だとすぐにわかるだろう。


「ほら、これ」


 どう答えていいかわからず、黙っていた俺の前にシンはスマートフォンを差し出してきた。そして一本の動画を再生する。


 そこに映っていたのは、


「…………ここって、もしかして『fontaine de reposフォンテーヌ・ド・ルポ』か?」


 見覚えのあるオシャレなテーブルとコーヒー。

 そして苺のショートケーキ。


 音無さんと会った、あの目白のオシャレなカフェの映像が流れていた。


「しっ、静かに。動画は別にいいから、音に集中しろ」


 そう言われて、俺は再び黙り込む。

 流れてくるのは食器の触れ合う音や、周囲の人の話し声。

 話し声も聞き取れるほど鮮明ではなく、ガヤガヤとした雑音にしか聞こえない。


 しかしすぐに『はあ!!??』という大きな声が入り込んできた。

 それは間違いなく、俺の声だった。


 その後、しばらくして『身辺調査――しねえよ!?』と再び俺の声が飛び込んできた。


 どうやらあの日、同じ時間にシンが店にいたのは確かなようだ。

 ダンジョンで配信をしているところに鉢合わせたのではなかったことに安堵しつつ、これはこれで嫌な偶然もあったものだと俺は頭を抱えた。


 シンはどこまで話を聞いていたのだろう。

 配信者にスカウトされているところを聞かれていたら、結局のところ白状せざるをえない気もする。


「お前さ……」


 変わらず真面目な顔で、俺の目を真っすぐにみてくるシン。

 俺はシンの言葉を待った。


「ヤバい女に付きまとわれてるんじゃねえか?」

「……………………え?」


 予想の斜め上の言葉が降ってきて、思わず聞き返してしまった。


「店にいたら偶々お前が入ってくるのが見えてさ。声掛けようと思ったら、なんか美人の女の人と待ち合わせしてたみたいだったから、ちょっと遠慮したわけよ」

「ああ……、うん」

「でもお前の『それは困る!』って声が聞こえてきたから、どんな話してんのかなって音だけでも拾おうと思ってよ。結局、話はほとんど聞こえなかったけど」


 お稲荷さまや、配信者デビューについての会話は、幸運にも聞こえていなかったようだ。

 もう少し席が近かったら全部バレていたかもしれない。危なかった。


「プライベートなことだし、口を出すか迷ったんだけどよ……。身辺調査とか、普通じゃねえぞ?」


 いやもう、本当におっしゃる通り。

 音無さんあの人は普通じゃないんだよ。

 そんな人の口車に乗って、配信者になることを決めた俺も俺だけど。


「えーっとだな。つまり何が言いたいかっていうとだ。困ってることがあったら、いつでも話してくれってことだ。俺にできることがあれば、力になりたいしさ」


 くううぅぅぅ!!

 シンって本当にめっちゃイイ奴。知ってたけど!

 感情があっちいったり、こっちいったりして、もう涙が出そうだよ。


「あー、うん。ありがとな。あの人もちょっと強引なところはあるけど……根は悪い人じゃない、と思うんだよ。……多分。でも、本当に困ったときは必ずシンに相談する。約束だ」


 俺の言葉に安心してくれたのか、シンの顔が今日初めてほころんだ。

 きっとここしばらく、ずっと俺のことを気にかけていてくれたんだと思う。


「おう、任せろ! いざとなったら、俺の六法全書が火を噴くぜ」

「ふっ、ははははっ。さすが法学部だな」

「ふふん。それほどでも、あるぜ」


 シンの笑顔を見て、俺は胸がちくりと痛んだ。

 こんなに俺のことを心配してくれているシンに、隠し事をしている自分を後ろめたく感じたからだ。


 コイツにだけは、お稲荷さまのことを、吉音イナリのことをちゃんと話した方がいいんじゃないだろうか。


 そう考えたりもしたが、その場で告白する決心はつかなかった。

 でも、いつか。なるべく早いうちに、シンには本当のことを伝えようと思う。


「しかし、まさか声を録られてたとはなあ。スマホすげぇな」

「スマホ持ってて動画の撮り方も知らねえのはお前くらいだと思うぞ」

「最近はちょっと危機感を感じてるわ。あとで撮り方教えてくれよな」

「こんなん簡単だよ、ほら、ココのカメラマーク押してさ――」


 カメラモードの使い方を教えて貰いながら、俺はさっきから気になっていたことをそれとなく聞いてみた。


「ところで、シンは誰とあの店に行ってたんだ?」

「…………ん?」

「あの店、男だけで入るような店じゃないだろ」

「…………んん?」


 どうやら、隠し事をしていたのは俺だけじゃなかったようだ。


 

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