緊急理事会


「――――以上が、通称『お稲荷さま』に関するご報告となります」


 年かさのプロハンターが緊張した面持ちで報告を終えた。


 見るからに高級そうな、えんじ色をしたフカフカのカーペット。

 ウッドテーブルの周りに並べられた、革張りのひとり掛けソファー。


 ここはハンター連盟本部の最上階にある特別会議室。

 平たく言えば偉い人しか使えない部屋である。


 そこではハンター連盟を代表する五人の理事による緊急理事会が開かれていた。


 シンと静まり返った部屋で、年かさのプロハンターは理事たちの反応を伺う。

 彼はただ、報告のためだけにココに立っている。

 そして報告を終えた今は、一秒でも早くこの場所から出ていきたいと考えていた。


 しばらくして、髭面の理事がため息と共に長い沈黙を破った。


「……はあ。問題が多すぎて頭が痛いな」


 それを鼻で笑い飛ばし、強面の理事が口を開く。


「はんっ、どうして悩む必要がある? こんなガキ、ちょっと脅してやれば大人しくなる」

「お前はどうしていつも、短絡的で暴力的な解決に走るのだ。我々は反社会的勢力はんしゃではないのだぞ」


 髭面の理事も負けてはいない。

 元暴力団という経歴を持つ強面の理事をにらみつけ、あえて反社という言葉を選んで挑発している。


「なんだあ? ヤクザ馬鹿にしてんのか、てめぇ!」

「ヤクザを馬鹿にしてなどいない。お前を馬鹿だと言ってるのだ。この馬鹿め」

「てめぇっ! ぶっ殺す!!」


 強面の理事がソファーを蹴とばすように立ち上がり、髭面の理事へと殴りかかった。それを難なくかわした髭面の理事が、相手の腕を取って投げ飛ばそうとするもこちらもかわされる。


 ハンター連盟の理事たちは、いずれも日本を代表するトップハンターである。

 実力も拮抗しているため、簡単に決着がつくようなケンカにはならない。

 じゃれ合いのようなものだ、と周りも仲裁する気などない。


「やれやれ。議論もまともにできないんですかねえ」


 インテリ眼鏡の理事がお手上げのポーズで苦言をこぼすと、白髪の理事が荷物を持って立ち上がった。


「ふん、わざわざ我らが集まって語らう必要などない。情報とはいつかは広がるもの。それが少し早まっただけのことだ」


 緊急理事会を開く必要などない、だからもう自分は帰るのだと態度で示している。

 しかしその背中に、今度は身体つきの小さな理事がスマホをいじりながらヤジを飛ばす。


「…………事なかれ主義者」

「聞き捨てならぬな。我は事実を言ったまでのこと。自分の意見も言わぬ貴様の方がよほど事なかれ主義であろう」


 立ち去ろうとしていた白髪の理事が振り返り、小さな理事の前へとにじり寄った。

 小さな理事がスマホから視線を切ることなく「…………どうでもいい」とつぶやいくと、白髪の理事は声を荒げた。


「『どうでもいい』だと? 日頃から思っておったが、貴様からは理事としての責任というものが感じられぬ。……おい、貴様! いい加減にこっちを見ぬか!!」

「…………うるさい」

「うるさいとはなんじゃ、うるさいとは!!」


 怒号が飛び交う部屋で、インテリ眼鏡の理事がひとり笑みを浮かべる。


 ハンター連盟のTOPである五人の理事。

 いずれもハンターとして実績を競い合ってきた面々である。


 顔を合わせればいつも衝突しているため、こんなことは日常茶飯事。


「まあ、こんな感じですので……。取りあえず、お稲荷さまの件は経過観察ということで。また何かあったら報告をお願いします」


 眼前の光景に気を取られているのか、「はあ」と気の抜けた返事をする年かさのハンターに、インテリ眼鏡の理事が「あ、そうそう」と笑顔で言葉を続けた。


「ココで見たこと、聞いたことは全て他言無用です。もし、誰かに喋ったら……あまり良い結果にはなりませんよ」

「は、はいっ! 承知しました!!」


 年かさのハンターは、顔を引きつらせてその場を辞した。


 こんな五人でも一応はハンター連盟という大組織を預かる身である。

 それがケンカばかりで、ろくに話し合いも出来ないという話が広まるのは好ましくない。


「さっきの男にはしばらく監視をつけておきませんと、ね」


 もし誰かに余計なことを喋ったら、すぐに対応ができるように。


 インテリ眼鏡の理事は、窓から新宿の街を見下ろす。

 人、人、人、人。この新宿には大量の人間が集まっている。

 日本人だけでなく、外国からの来訪者も多い。 


「状況はA国やC国も同じ。情報が公になることでより大きな混乱が生じるのは、人口が多いあちらの国々でしょうね。…………これも、お稲荷さまのご利益といったところでしょうか。ふふっ、ふふふふっ」


 情報を統制しているのは、どの国も同じだ。

 日本もA国やC国の組織と連携して足並みを揃えてきた。


 それもこれも、有象無象のハンター達を管理するために必要だと考えてのことだ。

 それが今回、お稲荷さまなる人物の動画によって、秘匿していた情報の一部が漏れてしまった。


 レジェンダリーアイテム。

 強力なアイテムスキルを持つドロップアイテムが存在することは周知となった。

 動画の舞台となった雲取山くもとりやまダンジョンは、レアドロップを求めるハンター達でごった返しているという報告も届いている。


 当たり前だ。

 レジェンダリーアイテムはそれだけの魅力を持っている。

 その存在を知れば、誰もが手に入れようと躍起になることは目に見えていた。


 そうなることが想定わかっていたからこそ、情報を統制していたのだから。


 インテリ眼鏡の理事はスマホを取り出し、例の動画を再生する。

 もう何度も見たが、何度見ても見惚れてしまう。


「幽世を漂う狐面、たっぷり収納DX、黒穴珠、飛翔の腕輪、フェアリサーチ、逸刻環、金糸刀、致死の毒刃。……おそらくは狼牙奮迅拳に魔弾の投手も。いったいどんな手を使えばこれだけのレジェンダリーアイテムを集められるのか。…………仲良くしたら、少しくらい分けて貰えないですかね。ふふふふっ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る