幕間
警戒レベルは上がらない
都内にあるハンター連盟の本部。
新宿駅から徒歩三分。著名な建築デザイナーによって建てられたというビルは、当時の人がイメージしていた近未来のデザインをモチーフにしたという。
このビルが丸ごと持ちビルであるという事実から、ハンター連盟という組織の大きさの一端を伺える。
「どうして
そのビルにある一室に、
相手は先輩のプロハンターであり、琴莉をはじめとした新人プロハンターの指導役でもあった。
「どうして、って。上がそういう判断をしたからだ」
先輩の顔は、面倒くさいという感情を隠す気がない。
この表情から空気を読んでさっさと帰れ、という意思表示でもあったろう。
だが、琴莉は素知らぬ顔で抗議を続けた。
「私のレポート、ちゃんと読んで頂いてるんですよね?」
「当然だろ。何をそんなに怒ってるんだ」
レポートとは、雲取山ダンジョンの調査結果をまとめた報告書のこと。
琴莉はそのレポートに、先日の出来事についてビッシリと大長編の報告を書きつけて提出した。
それを読んだにもかかわらず、ハンター連盟は具体的な対策を取ろうとしない。
どうしても納得がいかない琴莉は、こうしてハンター連盟の本部まで抗議に出てきたというわけだ。
「何って……。あんな強力なイレギュラーが出たんですよ? もっと調査をしないと、次にあんなモンスターが出たらどれだけの被害が出るか」
ケツァゴアトルはおそらく大深層クラスのモンスターだ。
連盟の公式見解ではないため、あくまで琴莉の中でのクラス認定にすぎない。
雲取山ダンジョンには下層までしか存在しないというのに、どうして大深層クラスのイレギュラーが発生したのか。あのモンスターは一体どこから現れたのか。ケツァゴアトルが飛び出してきた黒い渦はなんだったのか。
それらの原因を突き止めなくては、雲取山ダンジョンに限らず、多くのフリーダンジョンが災害リスクを抱えたまま一般開放され続けることになってしまう。
しかし、先輩は首を縦に振ってはくれない。
「お前もプロテストを受けたんだから知ってるだろ? 警戒レベルはあくまで『ダンジョンバーストの対策』だ。どんなイレギュラーが出現しようと、ダンジョンバーストさえ発生しなければダンジョンの外に被害が出ることはない」
「でも、ハンターは――」
「自分からダンジョンに入ってる奴らは自己責任、そんなの初歩の初歩だろうが」
先輩の言っていることは正しい。
ルールに則って判断すれば、現状の対応に抗議をしている琴莉の方が無茶を言っている状況だ。
琴莉はそれを承知の上で、なんとか説得しようと食い下がる。
現地で調査をしてきたのは自分、あのダンジョンに潜んでいる危機を肌で感じてきた。ルールに則っているだけでは、災害を防ぐことはできない。
「それは……、そうですけど。でもっ、雲取山ダンジョンでは短期間に二回もイレギュラーが発生してます。異常事態であることは明白ですよ。もしかしたら、ダンジョンバーストが起きる可能性だって」
先輩の口から「はあ……」と深いため息が漏れた。
続けて、教師が成績の悪い生徒を指導するような口調で、
「お前。警戒レベルを判断する四項目、言ってみろ」
「…………魔素濃度の変化、ダンジョン性地震の観測、モンスターの凶暴性、出現数の変化、ダンジョン構造の変化、です」
プロテストに頻出する問題を、琴莉が間違えるわけがない。
それは先輩も
つまり、答えを言わせてからが本題である。
「ちゃんと覚えてんじゃねえか。どこに『イレギュラーの発生数』なんて項目があるよ?」
そんな項目はない。あるはずがない。
なにしろ、イレギュラーの発生がレアケースなのだ。そんな不規則なものを調査対象に入れても意味がないし、そもそもダンジョンバーストとの因果関係が確認されていないのだから当然だ。
しかしそれが、ダンジョンバーストの原因のひとつである可能性もまた否定することはできない。
「それは……、モンスターの出現数の変化として考えれば――」
「そういうのは拡大解釈っつーんだ。屁理屈もいい加減にしろっ」
「あっ、でも。ダンジョン性地震を確認しましたし、せめて警戒レベル2への引き上げくらいは――」
ダンジョン性地震は警戒レベルを判断する四項目に含まれている。
警戒レベル2が発令されれば、解除されるまでの間は該当のダンジョンへの立入が禁止となるから、一般の方が被害に遭う事態は避けられる。
「ダンジョン性地震が一回起きたくらいで警戒レベルを引き上げてたら、どこもかしこも立入禁止のダンジョンだらけになるだろうが。そんなことになったら、ハンター達は仕事ができなくなるし、魔石が取れなきゃこの国のエネルギー資源はあっという間に枯渇する。ダンジョンがバーストする前に、国民が暴動を起こすぞ」
「…………ッ!?」
バッサリと琴莉の案は否定された。
もはや反論の余地はなく、琴莉は言葉を続けることができなかった。
全ては自身の力不足。
ちょっと言い過ぎた、とでも思ったのだろうか。
うつむく琴莉に対し、先輩は少しだけ申し訳なさそうか表情を浮かべた。
「
「はい……。失礼しました」
勝負はついた。
不甲斐ない自身への怒りと口惜しさ。
部屋を後にすると同時に、琴莉の目から涙がこぼれだす。
涙を拭い、ビルの外から最上階を見上げる。
ハンター連盟の理事たちがいる場所である。
偶然にもその時間、クセの強い理事たちが緊急理事会を行っていた。
彼らは今回の事件をどう受け止めているのだろう。
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