とてとて


 もしかしたら勝てるかもしれない、という淡い期待は無惨に打ち砕かれた。


「キツネさん、ご協力感謝します。でも、ここまで大丈夫です。あとは私に任せて逃げてください」


 俺が落胆の息を吐いている隣で、コトリさんはすぐに剣を構え直してそう言った。


 ついさっき俺が、『あんたには生きて帰って貰わねえと困る』とかなんとか、思い返すだけでも顔が赤くなっちゃうセリフを口にしたと思うんだけど、もしかして無かったことにされてる?


 プロハンターの矜持。

 一本筋が通っている、とも言えるけど。


 俺なりに一大決心をして腹をくくったのに、決意を無碍むげにされたようで、ちょっとムカついた。


「任せろって、その脚で言ってるんすか?」

「こんなの大した傷じゃ――いっだぁいっ!!」


 あまりにもバレバレの虚勢を張るものだから、ちょっとすねのあたりをデコピン、もといスネピンしてやった。


「ちょっと! いきなり何するんですか!?」

「そのケガで戦うのは無理っすね。まあ、見た感じさっきのでケツアゴもだいぶ疲れてるっぽいんで、あとは俺がなんとかしますよ」


 コトリさんは下がっていてくれという意図は伝えたつもりだが、彼女は素直に「はい、そうですか」と引き下がってくれるようなタマではない。


「それはダメですっ! あなたは一般の方で、私はプロのハン――いっだだだだだだだっ!! ちょ、やめて、やめてください。いだだだっ、つ、つつかないでくださいってば。了解わかりました、了解りましたからっ」


 だから今度は、さっきより強めに、そして多めに膝やら脛やらをつつきまくって黙らせた。 


 無事に(?)コトリさんの許可も出たところで、戦うと決まれば、まずは敵の調査からだ。


 ナップサックから取り出したアイテムは瓶に入った妖精『フェアリサーチ』、上層のモンスター『象妖精エルファント』のSRドロップだ。


 瓶の蓋を開けると、中から小指ほどのサイズの妖精が飛び出し、ケツアゴの鳥へ向かっていった。


 一回り、二回り。

 妖精はキラキラ光る粉を撒きながら、スィーーッとモンスターの周りを旋回し、再び俺の耳元へと戻ってくる。


「モンスター名称、ケツァゴアトル。雷を操る神鳥タイプのモンスター。弱点属性はなし、弱点部位はアゴ。攻撃力、防御力、回避力、全てにおいて高い。強さは『とてとて』」


 妖精は俺にモンスターの情報を耳打ちすると、そのまま瓶へと戻ってスヤスヤ眠りに入った。


 これが俺の持つ唯一の鑑定アイテム。アイテムに限らずモンスターであっても鑑定してくれるが、一度使用すると四時間のクールタイムを必要とする。


 鑑定結果はあまりかんばしくない。弱点属性はなく、ステータスは万能型、しかも強さは最大級の強敵であることを表す『とてとて(とてもとても強そうだ)』ときた。


 唯一の弱点である『アゴ』は、ついさっきマップ兵器ばりの電撃を放ったばかりのケツアゴ。


 あんな電撃を至近距離で喰らったら、間違いなく死ねる。絶対に喰らいたくない。

 となれば、やるべきことは決まった。

 次にあのヤバい電撃を撃たれる前に、弱点のケツアゴを粉砕してやる。


「あとはアイツがどれくらい弱ってくれたかだな、っと」


 ナップサックから取り出した金色のゴールドダガーを、ケツァゴアトルのケツアゴ目掛けて投げつけた。


 ちなみにこの武器ダガーはSRドロップじゃない。

 蛇腹石ほどではないが、数本ストックがあるので強そうなモンスターを相手にするときはこれを投げることにしている。


 先日、ジャガーゴイルに投げたのもこのダガーだ。


 しかし残念ながら、ゴールドダガーはケツアゴに届く前に、電撃によって撃ち落とされた。


 溶けたゴールドダガーが地面に張り付く。


「そんなに甘くはないか」


 近寄らずに遠距離攻撃で弱点を狙えれば最高だったのだが仕方ない。


 だが、電撃の発生スピードは落ちている。万全の状態ならもっと早くに撃ち落とされていたハズだ。

 心無しか動きも緩慢になった気がする。

 よし。これなら――、

 

『ちょっと、何してるの! そんなヤバいモンスターと戦って、死んじゃったら元も子もないでしょ』


 戦闘に集中しようとしたタイミングで、イヤホンマイクの通話が強制的にオンになり、音無さんの怒った声が割り込んできた。


 さっきから何度か着信が入っていることには気づいていたけど、状況が状況だけにと無視していたら、とうとう音無さんが痺れを切らしたらしい。


「いやでも、ケガしてる子がいるんで」

『彼女はプロで、君は一般人。君が彼女を助けて死ぬ必要なんて無いんだよ』

「必要が有るとか無いとか、そういう話じゃないんすよ」

『意味わかんない。なんなの? バカなの? 死ぬの?』

「バカで悪かったっすね。ついでにもう一つ謝っとくと、ここからはアイテムの使用制限とかしている余裕はなさそうなんで、逸刻環いっこくかんも使うっすよ。んじゃ――」

『あっ、ちょっ――』


 通話を強制的に終了させ、イヤホンマイクを外してポケットに突っ込んだ。


 勢いで投げ捨てそうになったが、事務所からの借り物だったことを思い出した。帰ってから「弁償しろ」とか言われたら困る。


 会話に出てきた『逸刻環』というのは、例のジャガーゴイルが落としたSRドロップの腕輪のことだ。


 元々はRTAが終わったら視聴者に見せる、という段取りになっていたのだけど、今日はもうRTAは続けられないし、弱っているとはいえ『とてとて』相手にアイテムの出し惜しみをしている余裕なんてない。


 俺はナップサックから逸刻環を取り出して左手に装着する。


 ――効果、発動。


「さあ、こっからが本番だ。ケツァゴアトル!」

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