ケツアゴ狙うしかねえ


 西海にしうみ琴莉ことり、二十歳。

 職業はプロハンター(新人)。通称『コトリちゃん』。


 プロハンターになろうと決めたのは五年前。

 きっかけは磐梯山ダンジョンで発生した突発性ダンジョンバースト。


 運良く命を救われた者が、次は自分が誰かの命を救いたいと思う。

 数千年前からこすり倒されていそうな、ベタな志望動機を抱いて中学を卒業した琴莉は、新設されたばかりの東京ダンジョン高等専門学校に入学した。

 在学中に合格率1%以下とも言われるプロテストを突破。

 現在、高専の五年生でありながら、プロハンターとしても活動している。


 プロになって半年ちょっと。

 新人に回ってくる仕事のほとんどはダンジョンの調査だった。


 調査といっても『未開のダンジョンを調べる』とかではなく、『管理下にあるダンジョンに異常がないか調べる』という地味な仕事。


 退屈そうに聞こえる――事実、ワクワクするような要素はほぼない――が、ダンジョンバーストの発生を事前に察知するために必要な、とても大切な仕事である。


 調べるのは以下の四項目。


・魔素濃度の変化

・ダンジョン性地震の観測

・モンスターの変化(凶暴性、出現数)

・ダンジョン構造の変化


 これらの状況をハンター連盟に報告することで、ダンジョンバーストが発生する確率が弾き出され、場合によってはダンジョンへの入場規制や、近隣住民への避難指示が出されることもある。


 言うなればダンジョンの定期健診だ。


 こういう仕事が新人に回ってくるのも、危険が少ないからに他ならない。

 プロハンターであれば、新人であろうとソロでダンジョンの下層まで見回りするくらいは出来て当たり前。


 今日の雲取山くもとりやまダンジョンの調査も、いつものように数値を記録してレポートを提出するだけの簡単なお仕事、のハズだった。


 それがまさかこんな凶悪なイレギュラーに遭遇してしまうとは、御釈迦様でもなんとやらだ。


 雲取山ダンジョンでは、一週間ほど前にも上層でイレギュラーが発生している。

 イレギュラーなんて日本全国で月に一回、出るかどうか。

 こんな短期間で、しかも同じダンジョンにイレギュラーが発生するなんて、にわかには信じがたい。



 ――が、いま琴莉の目の前では、さらに信じがたいことが起こっていた。


「私、夢でも見ているんですかね……?」


 ついさっき出会ったばかりの『キツネ』と名乗るダンジョン配信ライバーが、人間離れしたスピードでケツァゴアトル――と、彼が呼んでいた――の放つ電撃を避けている。


 さっきまで琴莉もかろうじて避けていた電撃ではあるが、それは琴莉の固有スキルがなせる業だ。


『危機察知』


 自身に危機が及ぶと、感覚でその危機を察知できる固有スキルだ。

 だからケツァゴアトルの放つ電撃も避けられた。


 電撃の発生タイミングがわからなくても、ヤバいと思った瞬間にその場を離れれば、そうそう当たることはない。


 しかしキツネさんの動きは、攻撃の発生を確認した後に、超スピードで電撃を避けているとしか表現できない。どうして彼はこんな芸当ができるのだろうか。


 第一印象だけで言えば、決して強そうには見えなかった。


 身長こそ高いものの、鍛えているようには見えない。服装も衣料量販店で売っていそうなパーカーにジーンズ。

 さすがに衣服の下にダンジョンスーツ――ある程度の防刃・耐衝撃機能を持ち、ダイビングスーツのように身体に密着するウェア――は着込んでいるだろうけど、そんなものはダンジョンに入るなら最低限の装備だ。


 キツネさんは電撃をかわしながら、少しずつケツァゴアトルとの距離を詰めていく。


 そのとき琴莉の背中にゾクッと悪寒が走った。

 これは危機察知の感覚だ。


「キツネさん!」


 琴莉が叫んだときには、ケツァゴアトルの攻撃は始まっていた。

 ここまでほとんど動かず、電撃を飛ばすか、尾羽根を飛ばすかのいずれかで攻撃してきていたケツァゴアトルが、低空飛行でキツネさんに向かって突撃してきたのだ。


 予備動作すらない、全く新しい攻撃パターン。

 しかし、ケツァゴアトルが向かう先にキツネさんの姿はなかった。


 地面を蹴って中空へと飛びあがっていたキツネさんは、いつの間にやら取り出していた金色に輝くロングソードを右手に持ち、すれ違いざまにケツァゴアトルの首あたりへと刃を突き出す。


 ギィィィン、金属と岩がぶつかったような音が大空洞に響いた。


「くうぅぅぅ。ってぇ」


 地面へと降り立ったキツネさんは、ロングソードを持っていた右手をブラブラと振っている。どうやらケツァゴアトルを攻撃したときの反動で痺れたらしい。

 ついさっき電撃を軽やかに避けていた人と同一人物とは思えない、素人まるだしの挙動である。


「やっぱ、弱点ケツアゴ狙うしかねえか」


 そう言って再び金色のロングソードを右手に持ち直すが、姿勢も構え方もまごうことなきズブの素人。剣術の基礎すら習ったことがないのだろう。


 琴莉はいまだ彼のことを計り切れずにいる。


 キツネさんとケツァゴアトルとの間に、再び距離が生まれた。

 しかし、この距離が埋まるのは一瞬だった。


 恐ろしいスピードで動き、近距離では翼撃、嘴、爪、遠距離では電撃と尾羽根を飛ばしてくるケツァゴアトル。

 ゲームに出てくるボスキャラよろしく、一定量のダメージを受けると攻撃パターンが増えるタイプらしい。


 だけど本当に恐ろしいのは、怒涛の勢いで繰り出される攻撃をことごとく避けているキツネさんの方だ。

 もちろんただ避けているだけではない。

 避けながらもポジションを調整して、一撃を繰り出すタイミングを計っているように見えた。


「そこっ!!」


 ケツァゴアトルの頭のやや左下あたりにポジションを取ったキツネさんは、再び地面を蹴って斜め一直線に飛び上がるとロングソードをケツアゴに向かって一閃。


「相手が逃げる方に向かって!?」


 不規則かつ超スピードで動くモンスター、その移動先へと跳び上がって弱点を斬りつける。そんなことが人間に可能なのか。

 加えて、跳躍力も凄まじい。彼の身長が180センチくらいだとして、ケツアゴまで1メートル近く跳んでいる。プロのバスケットボール選手並みの跳躍力だ。


「ギュエエエェェェッ!」


 不快な鳴き声が大空洞に反響する。


 ケツアゴを斬りつけられて、一瞬、体勢を崩したケツァゴアトルだったが、すぐに大量の電撃を放ちながら飛び上がり、キツネさんとの距離を取り直す。

 鳥のくせに冷静である。


「ケツアゴも十分ってぇ……」


 再び右手を振っているキツネさんの、トレーナーの裾に青い腕輪のようなものがちらりと見えた。


「あれって、もしかして」


 思い違いでなければ、琴莉はその腕輪を見たことがあった。

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