レジェンダリーアイテム


「まさか……飛翔の腕輪?」


 いや、本当に『まさか』である。

 飛翔の腕輪とは、一般には情報公開されていないが、深層で数例の発見報告がされている激レアアイテムであり、桁外れの性能を持つ伝説級レジェンダリーアイテムの一つだ。


 どうして彼が、そんな貴重なアイテムを持っているのか。


 しかしあれが飛翔の腕輪だとすれば、その異常な跳躍力にも説明がつく。それどころか、さっきの跳躍も全力ではないはずだ。


 飛翔の腕輪は装備者の跳躍力を三倍程にまで引き上げる。

 更に――。


「ギュエェェッ!」


 ケツアゴを再び、金色のロングソードが襲った。

 しかし、今回の一撃はやや浅かったらしく、ケツァゴアトルの悲鳴も短めだ。


 ケツァゴアトルもやられてばかりではない。

 攻撃を放ったばかりでまだ空中にいるキツネさんを狙って、ここぞとばかりに嘴で襲いかかる。


「喰らうかよっ」


 そう言って、空中で身動きが取れないはずのキツネさんは、その場でもう一段高く跳び上がった。


 そのまま空中で体勢を立て直すと、ふわりと地面に着地。

 これこそが飛翔の腕輪に刻み込まれたアイテムスキル『二重跳び』だ。


 足場もなく無防備となる空中で、もう一度跳躍を可能とするスキル。

 ついでに高所からの落下衝撃を無効化するオマケつき。


 その光景を見て、琴莉は確信した。


 どうしてか、は理解わからない。

 だけど、彼がレジェンダリーアイテムである飛翔の腕輪を装備していることは間違いないようだ。


 考えてみれば、最終的にケツァゴアトルを吸い込むには至らなかったものの、あの黒い宝珠だって並みのアイテムではなかった。


 下層レベル、いや下手をすれば深層レベルのモンスターですら、吸い込んで消滅させてしまえるほど強い吸引力。


 琴莉の知識には存在しないアイテム。

 あれも希少なアイテムであった可能性は高い。

 もしかすると、あれもレジェンダリークラスのアイテムなのかもしれない。


 いま、一般レベルにまで公開されているアイテムは全体のほんの一部だ。

 プロハンターである琴莉だって、一般レベルに毛が生えた程度しか知らないし、ハンター連盟だって全てのアイテムを把握しているわけではない。


 ダンジョンに係る様々な団体が、アイテムの情報を収集し、秘匿し、ときに情報を交換することで、他の団体よりも優位を取ろうと情報戦を繰り広げている。


「なるほど。彼のアンバランスな強さの理由が解明わかりました」


 身体を鍛えているわけでもなく、武器の扱いはてんで素人。

 モンスターとの戦闘に慣れているようにも見えない。


 それでも人間離れした動きでケツァゴアトルを圧倒している理由は一つしか考えられない。恐らく彼は、複数のレジェンダリーアイテムを同時に使用している。さしづめバビロンの宝物庫だ。


 やはり目にも止まらぬスピードで電撃を掻いくぐり、二度、三度とケツアゴを容赦なく斬りつける。その度にケツァゴアトルの悲鳴が上がる。


 傍目から見ても明らかなほど、ケツァゴアトルのケツアゴは傷だらけになった。


「さあ、そろそろ決着つけようか」


 キツネさんはここまでずっと使っていた金色のロングソードをバックパックにしまうと、入れ替わりで歪な形状をしたダガーを取り出した。


 バックパックよりも全長の長いロングソードが、1ミリもはみ出すことなくすっぽりと姿を消したが、もうそれぐらいでは琴莉も驚かなくなっていた。


「クアアアアァァァァァァァッッッ!!」


 悲鳴とは違う、ケツァゴアトルの鳴き声が大空洞の空気を震わせる。

 この鳴き声を聞いたのは、これがだ。


 一回目のときは、この少し後にケツアゴから巨大な電撃が放たれた。


 あのときは全ての電撃を黒い宝珠が吸ってくれた。

 しかし今回は。


 顔から温度が引いていく感覚。

 あの巨大な電撃を、こちらに向かって撃たれたら逃げ場などどこにもない。


 琴莉は一瞬、キツネさんの盾になって……とも考えたが、あれだけの規模の電撃に盾もなにもない。直線上にある全ての物質を消し去るだろう。


「大丈夫っすよ、コトリさん。二度と、あんなもの撃たせませんから」


 キツネさんは琴莉に背を向けたまま、そう言った。

 そのまま駆け出した彼は、これまでと同じように跳び上がるとケツァゴアトルの傷だらけのケツアゴにダガーを突き立てる。


 おそらくは傷口を狙っての一撃。

 ロングソードで外皮を削ったことで、ダガーですら刺さるようになった。


 深く奥へと入る刃。


「ギュゲエエエエェェェェェェ」


 これまでとは違う、苦しそうな鳴き声。

 例えるならば断末魔。


 空中へ逃げようと翼を動かすが、もはや飛ぶこともままならない。

 脚もふらついて、まるで酔っ払いの見本のような千鳥足。


「……毒」


 あのダガーに毒が塗られていたのか。

 それともあのダガーのアイテムスキルが毒なのか。


 いずれにせよ、急激に弱っていくケツァゴアトルの症状はダメージだけが原因とは考えづらい。毒か、それに似た何らかのデバフ効果。


 もはや抵抗らしい抵抗もできなくなったケツァゴアトル、そのケツアゴに向かってキツネさんは何度も執拗にダガーを振り下ろす。


 何度も。何度も。何度も。

 キツネのお面で隠れている、その顔は今どんな表情を浮かべているのだろう。



 やがて地面に伏したケツァゴアトルの巨体は、溶けるように消えていく。

 後にはほとんど黒に近い色をした魔石と、棒のようなものが残されていた。

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