吸引力の変わらないたった一つの


 俺はナップサックに手を突っ込み、目的のアイテムを取り出そうとイメージする。


 ――小さくて、丸くて、それから。


 出てきたのは蛇腹石。よく使うアイテムだからって、ナップサックのやつが気を利かせてリコメンドおすすめしやがった。


「違う!」


 俺は蛇腹石を放り投げて、再びナップサックの中に手を突っ込んだ。蛇腹石とは違う特徴をイメージすることで目的のアイテムへの道筋を探っていく。


 電撃が奔っている影響だろうか、空気が肌にピリピリと突き刺さる。


 幾度となく放たれる電撃を、コトリさんはどれも紙一重で避けている。これがプロハンターの実力ということか……。


 いやいや、見入っている場合じゃない。今はこっちに集中しなくては。


 俺はナップサックから取り出した水筒を「これでもない!」と投げ捨てる。


 小さくて、丸くて、闇より昏い、真球を寄越せ!


「ぐっ、しまっ」


 電撃を避けたところに飛ばされた尾羽根が、包帯の上からコトリさんの脚に突き刺さった。


 電撃か、尾羽根か、いずれにせよ間違いなくトドメを刺しにくる。


 その前に決着をつけてやる。


 手のひらに、求めていたアイテムを掴んだ感触。 

 ツルツルでヒヤッとしていて、ピンポン球サイズの球体――間違いない、これだ!


 俺はナップサックから取り出した黒い宝珠を、ケツアゴの鳥に向かって投げつけた。


「次元のはざまに飛んでいけぇぇぇ!」


 黒穴珠こっけつじゅ

 黒穴ブラックホールの名の通り全てを吸い込む、とまではいかないが大型のモンスターくらいは軽く吸い込んで消滅させてしまう即死アイテムだ。


 空気が歪み、黒穴珠に吸い込まれていく。

 ケツアゴの鳥も吸引力の変わらないたった一つの宝珠に引っ張られ、耐えきれずに身体から抜けた羽根が珠に吸い込まれて消えていく。


 あまり近くにいるとこっちまで吸い込まれてしまう。俺は急いでコトリさんの元まで行くと、彼女の体を強引に腕で抱えこんで走り、黒穴珠から距離を取った。


「ちょっと!? 何をしているんですか! 私のことはいいですから、早く逃げてください!!」

「俺の質問にまだ答えて貰ってねえ。だから、あんたには生きて帰って貰わねえと困るんすよ」


 やってしまった。言ってしまった。

 もう後には引けない。


 ケガした脚に追い打ちを食らったコトリさんは、もう満足に動くことはできないだろう。


 もうこのモンスターを倒す以外に、俺たちが生きて還る方法はない。

 俺は一縷の望みをかけて、中空に浮かぶ黒穴珠を見る。


 ケツアゴの鳥は――まだ吸い込まれていない。



「クアアアアァァァァァァァッッッ!!」


 ケツアゴの鳥の、高く大きな鳴き声が大空洞に反響する。

 ほんのちょっと前まで、圧倒的優位な状況にいる者に特有の余裕たっぷりな態度をみせていたヤツが、唐突に訪れた生命の危機を前にして全力の抵抗を試みていた。


 五つ、六つ、七つ、八つ。

 ケツアゴの鳥が何発もの電撃を同時に放ち、全てが黒穴珠こっけつじゅに吸い込まれていく。

 その合間にも羽根がどんどん抜けていき、全て黒い闇の中へと吸い込まれていく。


「行け! そのまま本体も吸っちまえっ!」

「まさか……本当に?」


 目の前で起きている光景を、コトリさんが信じられないものを見るような表情で見つめている。


 彼女が漏らした『本当に?』という問い掛けには、ふたつの相反する感情が含まれているように感じた。


 半分は、大深層クラスのモンスターをこのまま消滅させることができるかもしれないという期待。

 もう半分は、大深層クラスのモンスターがアイテムひとつで倒せてしまえるなんてことがあるのかという疑心。 


 どうしてそんなことが理解わかるのかって?

 俺がいま、同じことを考えているからだ。


 この黒穴珠はただのレアアイテムではない。


 音無さんに口止めされていたから、配信では言えなかったけど、モンスターからのドロップアイテムは最大でまで確認している。


 ほかのアイテムと比べて圧倒的にドロップ率が低い五種類目のアイテム(便宜上、SRドロップと呼ぶことにする)は、ほかの四種類と比べても格段に高性能なアイテムであることが多い。


 もちろん、『幽世を漂う狐面』も『たっぷり収納DX』もSRドロップだ。

 その中でもこの黒穴珠は使い捨てタイプのSRドロップということで、俺にとって最上級の切り札のひとつ。


 大深層クラスだかなんだか知らないが、モンスターの一匹くらいしっかり倒して貰わないと困る。

 しかし黒穴珠を投げて今まで、あのケツアゴの鳥を吸い込めずにいる。


 何時間にも感じる数秒が過ぎ、ついにケツアゴの鳥の脚が地面から離れた。


「よしっ! あと少しだ!!」


 黒穴珠に引き込まれるように浮かんだケツアゴの鳥だったが、大きな翼をバサバサと羽ばたかせて吸引に抵抗する。


 徐々にヤツと黒穴珠の距離が縮まっていく中、――ケツアゴが爆発した。



 違う。ケツアゴから、大量の電撃が発射されたのだ。

 某戦艦の波動砲や某MSのハイメガキャノンのような巨大なビーム兵器を彷彿とさせる規模の電撃。


 もしこれが俺たちに向かって放たれていたら、きっと骨も残らず灰になっていたに違いない。


「ウッソだろ」

「………………」


 語彙力を失った男と、言葉を失った女。

 自分の許容範囲を超える現象を目の当たりにした人間なんてこんなものだ。


 大量の電撃を吸い込んだ黒穴珠は、もうお腹いっぱいとばかりに吸い込むのを止め、コンッと軽い音を立てて地面に転がった。


「…………マジか」


 俺の『吸引力の変わらないたった一つの宝珠で吸い込んで消滅させちゃおう作戦』は失敗に終わってしまった。




🦊 🦊 🦊 🦊 🦊 🦊



 連載初日(12月26日)から本日(1月8日)まで、毎日2エピソード更新をなんとか走り切りました!

 ここまで28エピソード、ざっくり7万字。

 お付き合い頂いた皆様も本当にありがとうございました。


 黒毛和牛のカタログギフト当たるとイイなあ。




 あ、黒毛和牛も欲しいけど、★はもっと欲しいです🤣

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