命を賭ける仕事
バチバチと電気を纏ったケツアゴの巨大な鳥が、悠然と俺たちを見下ろしている。
捕食者が地面を這いずる獲物を
「コトリさん、このモンスターはもしかして?」
青ざめた彼女の顔を見れば、返事を聞かずとも答えは
静寂の中に、ごくりと唾を飲み込む音。
コトリさんは驚愕と恐怖が混じったような表情のまま、俺の質問に答えた。
「……はい。先ほどお話ししたイレギュラー、です」
ですよねえ。
こいつがプロハンターであるコトリさんを追い詰めた元凶。彼女の言を借りるならば、大深層クラスの強力なモンスター。
目の前で悠然とたたずむケツアゴの鳥こそが、
コトリさんの言う『大深層クラス』というのがどれくらいの強さなのかは
音無さんは『モンスターは階層間の転移ゲートを越えて追ってきたりしない』って言っていたのに……。
ウソ、ではないだろう。そんな命に関わるウソを言う人ではない、と思う。
そもそもイレギュラーという存在が、階層を超えて出現する非常識なモンスターなのだから、いつもこうやって別の階層へ移動しているのだと考えた方が理屈が通る。
相手はプロハンターですら、命からがら逃げ出すしかない危険なモンスター。
俺はこれまで自分が勝てないモンスターに遭遇したことがない。だからといって、プロハンターが勝てない敵を目の前にして、希望的観測で突貫できるほど天狗になってもいない。
ましてやこちらはケガ人を連れているのだ。
ここで取る選択肢はひとつ。
「逃げるっすよ!」
俺はコトリさんの手を取り、この場を離脱しようと試みる。
しかし、引っ張ろうとした彼女の手は、俺の手の内かはするりと逃げ、腰に下げた剣の柄へと向かっていった。
「キツネさん、先に行ってください。私が注意を引きつけますから、その隙に」
応急手当をしたとはいえ、いまだ満身創痍であろう身体で彼女は剣を抜き、そして構えた。
そのまま数歩、足を前に進めると、俺とケツアゴの鳥との間に身体を割り込ませる。
そんな身体で戦おうなんて、あまりにも無茶が過ぎる。そうでなくても、一度戦って勝てなかった相手ではないか。
「はあ!? 何を言って――」
「わ、私は、プロのハンターですから。こういうときに、民間の方を護るのが私の仕事です」
「…………ッ!?」
明らかに怯えた表情を浮かべているにも関わらず、彼女は自身の職責を全うする覚悟を口にした。
『俺はプロハンターだからな。いざというときは、この国に住む全ての人を護るために命を賭けるのが仕事だ』
不意に亡き父の言葉が、頭の中に反響した。
五年前、
このところ、すっかり思い出さなくなっていた父さんの言葉。
幼い頃はプロハンターである父さんのことが自慢だった。実際、友達に自慢したことだってある。まさか本当に命を賭けて、しかも失うことになるなんて想像もしていなかったから。
「……どうして」
「え?」
「どうしてあなた達は他人のために命を賭けることができるんですか?」
それは意識の外側からこぼれた言葉だった。
今は訊くことのできない父に、直接訊きたかった問いだった。
しかし、コトリさんから返ってきたのは質問の返事ではなく、
「
言うや否や、身体ごと俺に飛び掛かってきた。
勢いあまって、二人とも後方へと倒れこむ。
青白いイカヅチが上空から地面へと突き刺さり、さっきまで俺が立っていたところが黒焦げになっていた。
父のことを思い出して以降、目の前にいるケツアゴモンスターに集中できていない。
こんな状態では、ケガ人であるコトリさんよりも役に立たない。それどころか、すでに足を引っ張ってしまっている。
「話は後にして、今は生きて還ることだけを考えてください。貴方のことを待っている人がいるでしょう?」
俺は地面に尻をつけたまま、いつの間にか体勢を立て直して剣を構えているコトリさんを見上げた。
怖いはずなのに、恐ろしいはずなのに、彼女は剣を握って俺を守ろうとしてくれている。
ケツアゴの鳥がけたたましい声を上げ、その翼を二回、三回と羽ばたかせた。
その度に強烈な突風が吹き荒れ、電撃がダンジョンの地面を焦がす。
コトリさんは足をケガしているとは思えないほど軽やかな動きで、ケツアゴの鳥が放つ電撃をかわしていた。
「そう長くは持ちません。早く行ってください!」
こちらを見ようともせず、戦いに全神経を集中させている。これ以上、押し問答を続けたとしても彼女が心変わりするとは思えない。
俺には意識不明のまま入院している母がいる。
両親に代わって絶対に守らなくてはならない妹がいる。
相手は、プロハンターですら歯が立たないイレギュラーだ。母さんと咲夜のために、父さんが守れなかった家族のために、俺はこんなところで命を賭けるわけにはいかない。
コトリさんが足止めをしてくれている間に、さっさと一人で逃げるべきだ。
そう、頭では結論を出しているのに……、
『本当に後悔しないか?』
頭の中に流れる父さんの声が、俺の身体をつかんで離さない。
「……後悔なんてしねえ」
コトリさんが必死の形相でモンスターと相対している。
家族、友人、恋人。
彼女にもきっと、本当に守りたい人がいるはずだ。
父さんがそうだったように。俺がそうであるように。
にもかかわらず、彼女を俺を守るために命を賭けてくれている。
そんな彼女を見捨てて、俺だけが逃げ出して。
俺は母さんと咲夜に、そして死んだ父さんに、今日の出来事を話すことができるだろうか。
小さく息を吸い、大きく吐く。
俺は
「――――わけねえだろ、クソ親父!!」
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