招かれざる来訪者


 突然だが、俺の後ろに飛んでいるドローンは結構お高い品らしい。

 飛んでいる音もほとんどしないし、撮影している映像はとても画質が良く、音声もとてもクリアに聞こえるのだと音無さんが自慢していた。


 だから、ボソボソと小さな声で自問自答していたコトリちゃんのつぶやきも、しっかり配信に乗ってしまった。コメント欄がどうなったかは言うまでもない。


〇大深層!?

〇いやいやいや、ないないない

〇日本のダンジョンで大深層まで発見されているところなんて数えるほどしか

〇え? じゃあ、雲取山ダンジョンは?

〇下層までしかない、深層もない

〇だから一般開放されてるんだけどな

〇じゃあ、なんで大深層?のモンスターが出てくるんだよ

〇イレギュラーがそもそもどこから発生してるのか解明されてないからなあ

〇普通にコトリが大げさなだけだろ

〇それな

〇プロハンター(笑)

〇下層のレアモンスターにビビっちゃったのかな?wwwww


 それはもう大騒ぎの宴会モードである。

 コトリちゃんの言葉を信じて騒ぐ者、逆にコトリが大げさにビビっているだけだと笑い飛ばす者、どちらでもなく騒ぎを楽しんでいる者。

 ものすごいスピードでコメントが流れ、そして消えていく。


 コトリちゃんの言っていることが本当なのか、大げさなのかは問題じゃない。

 ケガを負ったプロハンターが『イレギュラーに遭遇した』と言っていて、それを事務所のチーフマネージャーも聞いているのだから。


「音無さん、緊急っす。聞こえてます?」

『はいはい。感度良好……って、名前呼ぶんじゃないよ。配信してんだから』

「あ、そっか。そんなことより、さっきの話は聞こえてたっすよね。ハンター連盟に連絡入れて貰っていいっすか?」

『そんなことってキミ……。はあ。後でお説教だからね。それから、ハンター連盟にはもう連絡済み。ほら、緊急アラートが出た』

「緊急アラート?」

『モニターを見ればわかるよ』


 言われるがまま、俺は自分の腕へと視線を落とした。

 アームモニターが真っ赤に染まり『緊急アラート』と表示されている。

 動画もコメント欄も、ポップアップしたアラート表示に隠れてすっかり見えなくなっていた。


『雲取山ダンジョンへの入場禁止、中にいる人は速やかに外に出ろっていうハンター連盟からの通達だよ』

「ヤバいじゃないすか! すぐ戻んねえと」

『ほんと困っちゃうよね。こっちは良いペースでRTAが進んでたっていうのに』

「んなこと言ってる場合じゃ――」

『そんなに焦らなくても、モンスターは階層間の転移ゲートを越えて追ってきたりしないから大丈夫だって』


 ダンジョンの外にいる音無さんと、ダンジョン内で真っ赤なアラート画面に急かされている俺との間には、いかんともし難い温度差があった。


 しかも、来るときと違って今度はケガ人も一緒になるのだ。

 入口まで戻るのに二時間くらいはかかると考えておいた方がいいだろう。


 俺はコトリちゃんにアームモニターを見せる。


「緊急アラートっす。一緒に入り口まで戻りま――うわっ」



 そのとき、地面が大きく揺れた。地震だ。

 ダンジョンの中でも地震って起こるんだな、などと考えていたらコトリちゃんが「きゃっ」と悲鳴を上げて、俺の肩と腕にしがみついてきた。

 足をケガしているから、踏ん張りがきかなかったんだろう。


 二の腕のあたりに当たる柔らかな感触に『あれ、この子……胸おっきいな』などと不謹慎な感想を抱いているうちに地震は収まった。


「収まったみたいっすね。今のうちに出口に向かうっすよ」


 不可抗力とはいえ俺に抱きついてしまったコトリちゃんは、少し恥ずかしそうに身体を離して「はい」と小さく頷いた。



 コトリちゃんのスピードに合わせて、ややゆっくりめのスピードで入口を目指す。

 幽世かくりよただよ狐面きつねめんは気配遮断の特性を持つ、ということは配信でも説明したとおりだが、実はその効果範囲は装備者の半径4メートル内に存在する生物すべてに届く。

 つまり帰り道もモンスターに気づかれることなく帰れるわけで、快適そのものだ。


 それこそ、どうでもいい会話をできるくらいに。


「コトリちゃ……さんはプロのハンターなんすよね?」


 脳内ではすっかり『コトリちゃん』と認識していたけど、よくよく考えれば初対面の、しかも同年代の女性にちゃん付けはないよな、と思い直した。


 そんな俺の逡巡を悟ってか、彼女は苦笑いを浮かべつつ「ええ、まだ新米ですけど」と返事をする。


 その後も、初対面の男女にありがちな当たり障りのない会話を続けながらダンジョンの入り口を目指して歩いていると、不思議な物体が目に入った。


 黒く大きな渦のような物体。

 さっき見た上層と中層を繋ぐ転移ゲートに似ているが、色は白ではなく黒。

 まるで星ひとつない宇宙空間のようだった。


 天井が高い大空洞の、中空に浮かぶ黒い渦。

 この場所は行きも通った。

 そのときは、絶対にこんな渦は浮いていなかった。


「あれ……なんすかね?」


 プロハンターであるコトリさんなら何か知っているかもしれない。

 そう思った俺は、黒い渦を指差して彼女に尋ねた。


 そのとき、黒い渦から大きな鳥が飛び出してきた。

 ここはダンジョンだ。飛び出してきたものがただの鳥類であるはずがない。


 全長は三メートルほど、薄い黄色の体、嘴は短く、大きなアゴがふたつに割れていて、いわゆるケツアゴが目立つ。


 このダンジョンの上層では見たことがないモンスターだ。


 音もなく地面に降り立ったモンスターが、バサリと翼をはためかせると、強い突風が大空洞の中に吹き荒れた。と、同時に青白い電撃があたりに放電される。


「なんだ、これ」

「ウソ……、なんで? どうして上層こっちに出てこられるの……」


 隣でプロハンターコトリさんが顔を引きらせていた。

 


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