最短ルートにはモンスタールーム
スモウルフがブルブルと体を震わせ、レッサーペントがゆっくりと床を這っている。その隣を俺は気持ち早歩きで横切っていく。
〇え?待って待って
〇なんで素通りできてんの?
〇なぜモンスターの横を通って気づかれないのか
〇スモウルフはまだしもレッサーペントは熱感知だぞ
〇もしかして、みんな寝てる?
〇んなわけあるか
〇背景合成だろこれ
〇消去法でそうなるよな
あまり大きな声を出すと気づかれてしまう可能性があるから、配信用のハンズフリーマイク――テレビのバラエティ番組とかでスタッフが付けているアレだ――に小さく声を当てた。
「あっ、これはこのお面の効果っす。気配遮断のアイテムスキルがあるんで、真横を歩いても気づかれねえっすよ。ああでも、中層から先は行ったことないんで、どうなるか
〇は?
〇は?
〇は?
〇真横を通っても気づかれないとかチートだろ
〇キツネのお面はイナリの趣味で付けてるわけじゃなかったのか
〇ダンジョン産ってこと?
〇モンスタードロップまとめにも載ってないぞ
〇ジャガーゴイルの腕輪の謎がかすむレベル
このお面。『
だから、視聴者がコメント欄でザワつくことも想定内。
むしろこうやって興味を持たれることで、配信中の話のタネになってくれるから正直助かる。いきなり配信とか言われても、何を喋ったらいいのかわからないし。
「上層でたまに出てくる
〇レアモンスターのレア泥ってことか
〇ジャガーゴイルもそうだよな
〇どんだけレアアイテム持ってんだよ、このキツネ
〇たしかに
〇つかドロップって、そんなにポンポン出るもんじゃないよな……だよな
〇モンスターが落とした、とか言ってるけど本当はどっかで買ってるんじゃね?
〇それだ
それだ、じゃないんだよ。
ダンジョン産のレアアイテムを買うとか、いくらお金を持っていけば良いんだよ。
ちゃんと訂正した方が良いだろうか、などと考えているうちに、次々とコメントが流れてきたから見なかったことにした。
俺はアームモニターに表示したマップを見つつ、黙々と進んでいく。
マップには、事前に音無さんがセットしてくれた下層までの最短ルートが設定されている。便利な機能だと感じると同時に、普通はこういう準備をしてからダンジョンに潜るんだなと感心した。
自分だけでダンジョンに来ていた頃は、帰り道を覚えられる範囲までしか探索してこなかったから新鮮だ。
つぎの通路を抜けたら、確か『モンスタールーム』と呼ばれるモンスターの巣窟に出るはずだ。
言うまでもなく、危険な場所である。
そこを抜けるのが中層までの最短ルートだということはわかるけど、モンスターを倒すのに時間を取られたら結果的に時間がかかってしまうかもしれない。
音無さんとの打ち合わせ中、そんなことを考えていた俺の頭の中を見透かしたように、
「ジャガーゴイルを瞬殺した人が、まさか上層のモンスター如きに時間を食うわけないよね?」
そのときの俺は「……そっ……すね」と答えることしかできなかった。
下層まで行こうというのなら、上層のモンスタールームなんか秒で蹴散らせと。
それは一理あるな、と思えてしまうから厄介だ。
俺の心は屈したのだ。
小さくため息をついて、近くを無音でホバリングしている配信用のドローンに体を向けた。無機質な機械。しかし、この向こうには大勢の視聴者がいる。
「これからモンスタールームに入ります。その前に少し準備をしますね」
準備、というほど大したことはしないのだけど。
俺はナップサックに手を突っ込んで武器を取り出した。
〇やっぱこのルートか
〇コトリちゃんもRTAのとき、このルート通ってた
〇下層に到達できるレベルのハンターなら、上層のモンスターなんかカトンボだから
〇準備って? 何か取り出した?
〇うーん、石?
〇丸い石みたいな
〇ちょっとカメラさんもっと寄って
コメント欄の要望にお応えして、と言わんばかりにドローンがこちらの方へと近づいてきた。無機物が音も立てずに自分の周りにまとわりついている状況はどうにも落ち着かない。
「じゃあ、ちょっと覗いてみますね」
モンスタールームの扉をギギッと押して、数センチの隙間から中を覗く。
ドローンも俺の頭上あたりに飛んできて、モンスタールーム内部を視聴者に見せようと頑張っていた。
「スモウルフとレッサーペントが……何匹だ、これ。たくさんいます。空を飛んでいるのが
〇うわぁ久しぶりに見たけどやっぱモンスタールームってグロい
〇広くもない部屋にモンスターがギュウギュウだからな
〇うじゃうじゃいるって、こういうことだよな
〇オークッキングって上層のレアモンスターだよな
〇モルフォックスもな
〇モンスタールームはレアモンスター狙いには最高だな
〇たしかに
「よっし。じゃあ、開けるっすよぉ」
扉を開けた瞬間、数多いるモンスターの注意が俺の方に集中した気がした。
マジで何匹いるんだ、これ。
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