初めてのダンジョン配信
初めてのダンジョン配信
今日は土曜日。普段は会社勤めをしていそうな大人のグループや、カップルと思しき若い男女ペアなど、様々な人たちが探索にきている。
フリーダンジョンは、入場登録さえすれば基本的に誰でも入ることができるため、アウトドアレジャーやデートスポットのような感覚で来る人たちは珍しくない。
彼らのほとんどは、上層の一番上、入り口に近いところをウロウロするだけで、適度なスリルを味わったらすぐに帰るため、少し奥に入ればグッと人が減っていく。
いつもなら、さっさと奥へと入って人の少ないところで狩りをしているのだが、今日の俺はまだダンジョンの入り口前に立っていた。
「ぁぁぁぁ。緊張すんなあ」
心臓がうるさいほどに音を立てている俺の目の前で、小型のドローンが全く音を立てずにフワフワと浮いている。
もちろん私物ではなく、音無さんが――正確には彼女の事務所が――貸してくれたものだ。
『ドローンの操作はこっちでやるから、君はとにかく最速で下層まで走ってちょうだい』
イヤホンから音無さんの声が入ってきた。
ドローンに備え付けられたカメラの映像を見ながら、こっちに指示を出すのが彼女の役目だ。
言うまでもないことだが、カメラの映像はそのまま
『この前も説明したけど、視聴者からのコメントはアームモニターに表示されるから、余裕がある時でいいから反応してあげて。それから、スパチャが飛んできたら御礼を言うこと』
「うっす」
腕に装着したアームモニターなる機械――もちろんコレも借りものだ――の画面には『まもなく始まります』と表示されていて、コメント欄には既にいくつものコメントが打ち込まれていた。
〇はよはよー
〇間に合った
〇通知からきた
〇Viviterからきた
〇ほのりん助けてくれてありがとうございます
〇コトリちゃんのRTA記録に挑戦すると聞いて
〇ジャガーゴイル倒したヤツの配信はここ?
〇例の腕輪がなんだったか教えて貰えるって本当か?
機械音痴の俺でも、ここまでお膳立てして貰えれば配信に不安はない。
だけど視聴者とのコミュニケーションは別問題だ。正直、不安しか無い。
俺は「コメントを拾って反応する」、「スパチャがきたら御礼を言う」と念仏のように唱えた。
そんな不安そうな様子は音無さんにも伝わったらしく、
『緊張しすぎ。ねえ、試しに何かしゃべってみて』
何かってなんだよ。
そんなふわっとした要求に応えられるほど、俺のマイクパフォーマンススキルは高くないぞ。
過去の記憶を掘り起こし、誰もが一度は聞いたことがあるであろうセリフをひねり出した。
「あー、あー、マイクテスッ、マイクテスッ。本日は晴天なり」
〇はじまった、のか?
〇運動会がはじまりそう
〇RTAは徒競走じゃないぞ
〇ダンジョンの中じゃ晴天も雷雨もないだろ
〇この前ひろってた腕輪見せて
途端に活発化するコメント欄。
嫌な予感がして目線を横にズラすと、さっきまで『まもなく始まります』と表示されていたモニター画面には、キツネのお面をつけた男の姿がアップで映っていた。
嫌な汗が背中を下りていく。
背筋がぞわりとした。
「あれ? もしかして、もう配信って始まってんすか?」
〇ついさっき始まったな
〇始まってるの気づいてなかったのか
〇もしかしてお稲荷さまって……
〇つ[天然]
〇さっさとRTAはじめてくれ
〇さっさと腕輪を見せてくれ
音無さんにしてやられた。
知らないうちに、俺の初めてのダンジョン配信が始まっていた。
こっちの心の準備を待っているヒマなどない、ということなのだろうけど、バンジージャンプで後ろから背中を押された気分だ。
俺は顔が熱くなっていくのを感じながら、とにかく話を繋ぐ。
「初めまして。えっと……、き、
〇自分の名前でつまづいてるwww
〇キツネイナリってダンジョンネームは自分で付けたの?
〇RTAとかいいから腕輪はよ
「質問はダンジョンを進みながら、ちょこちょこ答えていきますんで……。じゃあ、はじめまーす」
合図をすると、アームモニターに映っている配信画面の左端にストップウォッチのような表示が出てきた。
『いま表示されたのが時間ね。目標タイムは三時間。それじゃ、通話は切るから頑張ってね』
音無さんからの一方的な通告のあと、ブツッと通話が遮断される音がした。
ライブ配信もそうだけど、地下にあるダンジョンでデータの送受信ができるのは一体どういう仕組みなのだろう。機械音痴の俺にはサッパリわからない。
「まずは名前っすね。これはおと……事務所のマネージャーがつけたヤツっす。俺に選択権はなかったっすね。ジャガーゴイルの腕輪はゴールするまで見せるなとお達しなんで、文句は運営までおねしゃす」
〇選択権なしwww
〇Silentの思惑が透けて見える
〇お稲荷さまっぽいダンジョンネームにしたかったんやろな
〇腕輪は最後まで見せないとかクソだな
〇お前みたいなヤツがいるからだろ
まだまだ先は長い。俺はいつもより少し速いくらいのスピードでダンジョンを歩いていく。途中、
いつもと同じようにダンジョンを歩いているだけなのに、コメント欄はあっという間に視聴者のコメントで埋め尽くされていった。
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