思い出すこと、出せないこと


 東京で新しい生活がはじまった。

 転校した先の小学校のクラスメイトは、みんなオシャレだった。

 いじめられるようなことはなかったけど、私と彼らとの間に大きな壁があることは子供ながらに感じていた。


 それは家に帰っても一緒だった。

 叔母さん一家はとても優しかったけど、そこはやはり他人の家。


「ここがあなた達の新しい家よ」とか、「遠慮しないでくつろいでね」とか言われても、どうしたって気を遣ってしまう。


 大人しく、行儀よく、迷惑を掛けないように注意を払う。

 叔母さん達の腫れ物に触るような優しさにも、居心地の悪さを感じる毎日。


 そんな私たちの気持ちは叔母さん達にも伝わっていたと思う。

 一緒に暮らす時間が長くなるにつれ、私たち兄妹と叔母さん一家の間の壁はどんどん高く、そして厚くなっていった。


 だから私たちは、お兄ちゃんが大学に入学すると同時に家を出ることにした。

 叔母さん達にはとても感謝をしているけれど、ずっと一緒にいることはできなかったし、多分、お兄ちゃんも同じ気持ちだった。


 そして今年、私は高校に入学した。

 入学式には、お兄ちゃんが保護者として参加してくれた。


 大学の授業をサボって保護者席に座っていたお兄ちゃんは、周囲から明らかに浮いていた。四十歳、五十歳のオジサン、オバサンに囲まれて、ハタチそこそこの若い男が着慣れていないスーツを着て座っているのだから仕方がない。


 いま思い出しても、ちょっと笑えてくる。



 思い出す、といえば。

 最近、段々とお父さんの顔を思い出せなくなってきている。


 幼い頃の思い出にでてくるお父さんの顔には、まるで霞でも掛かっているようで。

 そういう時はお父さんの遺影を見て「そうだ、こういう顔だった」と思い出す。


「どうしてお父さんは、プロハンターなんかになったのかな……」


 せめてお父さんが生きていてくれたら、と思わない日はない。

 同時に、お父さんはお母さんを守ってくれなかったという憤りが沸いてくる。


 お父さんがプロハンターでさえなければ……。


「お金がたくさん貰えるから? みんなに『スゴい、立派だ』って言われるから?」


 もう小学生の頃とは違うから、お父さんが職務を放棄して家族の元へ駆けつけることが難しい状況だったことは理解できている。

 しかし理解ができたからといって、感情まですんなりと納得できるわけではない。


「そんなものより、私はもっと家族が一緒にいられる時間を過ごしたかったよ」


 ダンジョンはその最奥にある『ダンジョンコア』という物質を破壊すれば消滅するものだと知った。

 実際に、都市部に近いところにダンジョンが発生したら、すぐにプロハンターが集まってダンジョンコアの破壊が遂行されるらしい。


 だったら、全てのダンジョンを発生と同時に破壊しておけば、ダンジョンバーストなんてものは起こらないということではないか。


 ダンジョンバーストの責任は、この国の政府にある。


 事実、政府はダンジョン関連事業に補助金を出しているし、ハンターになるための専門学校や職業訓練校は増える一方。

 私の同級生の中にも、プロハンターを目指すための高等専門学校へ進学した人が何人もいる。


 アマチュアだろうとプロだろうと、毎年ダンジョンでは何人ものハンターが大怪我を負ったり、命を落としたりしているというのに。

 それでもハンター志望者は後を絶たない。


「行きついた先は名誉の戦死だってさ。意味わかんない」


 と、いつもの結論に落ち着いたところで、私は小さく息を吐いた。

 目を覚まさないお母さんを見る度に、同じことを繰り返し考えてしまう。


 私は首を数回横に振り、まとわりつく見えないなにかを振り払った。


 もっと明るい話はなかったか、と記憶を探る。

 こんな気の滅入る思い出話ばかりじゃ、お母さんだって目を覚まそうと思わないだろう。


「あっ! お兄ちゃんがね、アルバイトでボーナスを貰ったんだって。私もお小遣い貰っちゃった。アルバイトでもボーナスって貰えるんだね。知らなかったよ」


 私とお兄ちゃんは、世の中にいる兄妹の中では仲の良い方だと思う。


 二人暮らしをはじめてからずっと、朝ごはんと夜ご飯は必ず家で揃って食べているし、他愛のない今日の出来事を報告しあったりもする。


「せっかくのボーナスなんだし、私にお小遣いなんか渡してないで友達と旅行にでも行けばいいのに」


 ちょっと過保護なんじゃないかと思うこともあるけど。ダンジョン災害に巻き込まれてたった二人になってしまった家族だから、ということを考えるとあまり強くも言えなかったり……。


 そんなお兄ちゃんが絶対に教えてくれないのがアルバイトの話だ。

 確かに働いているお店なんかを知られたくないっていう気持ちは理解わからなくもないんだけどね。


「それにしても月に二、三回しか行かなくていいアルバイトって、どんな仕事なんだろ……。まさか、裏バイトとかやってるんじゃないかって、ちょっとだけ心配」


 私の家族は、もうお兄ちゃんしかいない。

 もしお兄ちゃんが警察に捕まるようなことをしていたり、命に危険が及ぶようなアルバイトをしているのだとしたら……私が絶対にやめさせるんだ。




🦊 🦊 🦊 🦊 🦊 🦊



 幕間にお付き合い頂きありがとうございました。

 ちょこちょこ名前は出ていた翔真の妹、咲夜さくやの話でした。

 次話からは、ダンジョン配信のはじまりでーす!

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