スプラッター映画の方がまだマシだ


 ダンジョンライバー事務所『Silent』は小さな事務所である。


 最近、急成長している大手のダンジョンライバー事務所は、六本木やら赤坂やらといった、港区にあるご立派な駅から徒歩五分圏内のハイソサエティな高層ビルにオフィスを構えているそうだが、豊島区にあるSilentの事務所は最寄り駅から徒歩十五分ほどかかる住宅街にあった。


 元プロハンターの父親が社長で、元ライバー事務所社員の母親が副社長。

 兄が専務で、妹の帆乃夏はチーフマネージャー。

 他には業務委託のマネージャーと、アルバイトの配信サポートスタッフが数人。


 いわゆる家族経営の、小さな小さな事務所だ。

 経営はいつだって苦しいし、いつ倒産したっておかしくない。


 女子大生兼ダンジョンライバー兼チーフマネージャーの帆乃夏ほのかは、事務所の二階にある自室で、モニター画面を見ながらドローンを操作していた。


「同時接続10,000突破。まだまだイロモノ扱いとはいえ、大したものだね、潜木くぐるぎくんは」


 調子が良いときでも同時接続は100を超えるのがせいぜいだった、帆乃夏のDuntubeダンチューブチャンネル『ほのぼのだんじょん』と比べれば、天と地ほどの差がある。いやはや比べることすらおこがましい。


 元々はあれは、事務所のために開設したチャンネルだった。

 うまく人気が出れば家族のためになるんじゃないか、事務所のためになるんじゃないか、というのが動機。


 女子大生ダンジョンライバー、自慢ではないけど外見には自信があったし、もしかしたら人気が爆発して……などと都合の良い期待もしていた。しかし、現実はそれほど甘くなかった。


 そんな中、潜木くんと出会えたのは帆乃夏とって望外の幸運。

 おかげで事務所のスターとなりうる大型新人ライバーを獲得できた。


 身辺調査をした上に、彼の弱みにつけ込むような真似をすることに罪悪感を覚えないわけではないけど、帆乃夏にとっての優先順位は自分の家族と事務所の方が上であった。



「12,000、…………13,000。どんどん伸びていくな。これがVivitterビビッタートレンドの反響というやつか」


 配信が始まって早々、翔真がポロリと口にした『気配遮断のアイテムスキルがあるんで、真横を歩いても気づかれねえっす』というセリフをVivitterの実況勢が拾い、その投稿は瞬く間に拡散していった。


 その上、『上層でたまに出る蝶の羽を持つ狐モルフォックスが落としました』なんて言うものだから、不意打ちで飛び出したレアモンスターのレアドロップ情報に色んなところが騒がしくなっている。


 リアルタイムに伸び続ける同時接続数だが、かなりの数の同業者が混ざっているに違いない。逆の立場であれば、帆乃夏だって確実に見に行っている。


 さっきから一階で事務所用の電話機が鳴っている気がするけど、今日は営業日じゃないから無視することにした。スマホの電源もさっき切った。


 今はそれどころではないのだ。


 レアドロップ、気配遮断のお面、そしてお稲荷さま。

 3つのワードがトレンドに飛び出し、そこから流れ着いた人たちが同時接続数をガンガン上げてくれていた。


 もちろん、ほとんどの視聴者は興味本位だろう。

 粗探しばかりのアンチだっているかもしれない。


 それでも、このうちの1%だけでも、彼のファンになってくれれば万々歳だ。



 キツネのお面の向こう側。

 帆乃夏はカフェで見た潜木くぐるぎ翔真しょうまの素顔を思い出す。

 顔出しNGなどと言わず、あの顔を配信に晒せば同時接続はもっと伸びるはずだ。


 恐らくは一度も染めたことがないであろう、濡羽色ぬればいろのストレートヘア。 

 長く伸ばした髪の下には、女子がうらやむほど長いまつ毛が隠れている。

 180センチ近い身長も相まって、女性ファンをがっぽり獲得できる素養が彼にはあった。


 もちろん、今のままでは野暮やぼったくてダメだ。

 マンガなんかとは違って、配信の世界では『地味で暗い男子が実はイケメン』なんてジャンルに需要はない。イケメンはイケメンとして画面に映らなくては意味がないのだ。

 

 美容室に連れていって髪を整えて、装備も少しオシャレなデザインを見繕って、ちょっとメイクを入れて……と、帆乃夏は小さくため息を吐いて首を横に振る。


 いくら帆乃夏がアレコレ考えたところで、本人にその気がなくてはどうしようもない。

 

 それはそうと、帆乃夏が寝ずに考えた『吉音イナリ』というダンジョンネームがトレンドに上がってこないのはどういうことだ。

 自信あったんだけどな……と、帆乃夏は今日一番の苦い顔を浮かべた。



『よっし。じゃあ、開けるっすよぉ』


 翔真の声に引き寄せられて、帆乃夏は再び視線をモニターへと戻した。


 画面の中では、これからモンスターひしめく部屋に入ろうとしているとは思えない、軽いテンションで扉を開く翔真がいた。


 ギギィィィと音を立てて開いていく扉。

 帆乃夏はドローンを操作し、翔真よりもかなり高い位置からモンスタールームを俯瞰で撮影した。もちろん翔真の姿もしっかりととらえている。


 ダンジョン配信に使われるカメラ付きドローンは、AIが自動追尾してくれる自律型ドローンを使用しているハンターが多い。機材の値は張るものの、操縦者を用意しなくていいというメリットが大きいからだ。


 しかし、一握りのダンジョンライバー達はマニュアル操作可能なセミオート型ドローンを好んで使っていた。

 本当に撮りたい映像を画面におさめるためのポジショニング、迫力のあるカメラワークはまだまだ人間の技術に軍配が上がるからだ。


 幼い頃から両親にドローン操作を仕込まれてきた帆乃夏は、自分の操縦技術にそれなりの自信があったし、だからこそ吉音イナリのライブ配信にはセミオート型ドローンを採用した。


 全てのこのカメラで捉えるために。


 しかし……。

 今、モンスタールームで起きている状況は。


 帆乃夏が操縦するドローンは、その場で起きている全容をカメラにおさめることができなかった。

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